M 様投稿作品





それは蒸し暑い夜のことだった。

携帯に入った一通のメール。

内容は、今から四つ葉学園校門まで来いというもの。

差出人は遙先輩。

正直面倒だったが、あの人のいうことに逆らうとろくなことにならない。

オレは手早く身支度を済ませ寮を出た。



すでにとっぷりと日は暮れ、弓のような三日月が頭上高く輝いている。

だが分厚い雲が所々点在し、星はほとんど見えない。

時折月までもその身に隠し、地上によりいっそう深い闇を作り出す。

風はたまにわずかにそよぐ程度で、どんよりと重く湿った空気が肌にまとわりついてくる。

「なんだってこんな時間に呼び出したりしたんだか・・・」

オレはぼやきながら額の汗をハンカチで拭った。

昼に比べれば幾分マシにはなっているものの、それでも汗はじわじわと浮かんでくる。

夏休みに入って数日。

クーラーの聞いた部屋でだらだらと過ごしていた身には少々辛い。

鉄太郎は夏の大会に向けてがんばっているようだが、今のオレにはどこ吹く風だ。

だけど、中学の時はオレも無我夢中で走っていたことを思うと少しうらやましくも感じる。

オレも『何か』を見つけないとなぁ・・・

そんなことを考えている間に校門が見えてくる。

そこには一人の人物が立っていた。

「ごきげんよう。」

学園指定の制服に爽やかな笑顔。

暑さを感じていないのか、汗一つ浮かべていない遙先輩だ。

「一体なんなんですか? こんな時間に呼び出して。」

「なに、たいしたことじゃないんだけどね・・・」

たいしたことじゃないなら呼びつけるなよ!と、心の中だけで反抗してみる。

「今日は、君にこの学園の秘密を知ってもらいたくてね。」

「秘密、ですか・・・?」

「そう、秘密だよ。」

遙先輩はフフフ・・・と楽しげに笑った。

「さあ、ついてきたまえ。」

踵を返し、学園の敷地内に入っていく遙先輩の後姿に不吉な予感を覚えるが、従っておかないと後が怖い。

しぶしぶながらついていくことにした。

校門を抜けて右を見ればグラウンドが広がっている。

普段は体育の授業や運動部で賑わっているここも、こんな時間では猫の子一匹いない。

雲の隙間から差し込むわずかな月明かりを受けるそこは、いやおうなく寂しさが漂っていた。

左はテニスコートとバレーボールのコートが並んでいる。

こっちもたまに吹く微風にネットが揺られているだけで、それ以外は何もない。

正面、マンモス校と呼ばれるにふさわしい巨大な校舎が威風堂々とたたずんでいる。

だがそんな立派な校舎もこんなに暗い時間では、闇に浮かび上がる不気味な建物でしかない。

「この学園には、古くから伝わる話がいくつかあってね。」

怖がりの人なら誰かにすがりつきたくなるような雰囲気もよそに、

校舎への道をゆっくりと歩きつつ、遙先輩はいつもの口調でオレに話しかけた。

「例えばほら、屋上を見てごらん。」

遙先輩に促され、オレは目を屋上へと向ける。

次の瞬間、オレの体は動きを失った。

「ちゃんと見えたかな?」

遙先輩は足を止め、オレへと振り返りながら聞いてきた。

答えはすでに俺の体が示している。

見えたのはほんの一秒かそこらだが間違いない。

オレの視覚が異常でなければ確かにその姿を捉えた。

長い髪を微風にそよがせ、真っ白なワンピースを着ている。

ここからでは顔は良く見えないが、どことなく寂しい雰囲気を漂わせた女性。

その人影は青白く夜の闇にに浮かび上がって、消えた・・・

「あれ、なんですか・・・?」

遙先輩はわずかに笑みを濃くし、オレの問いに答えた。

「四つ葉学園に伝わる七不思議のひとつ、『屋上の人影』だよ。」

「七不思議・・・」

「そう、この学園には七不思議というものがあってね。今日はそれを体験してもらおうと思ったんだ。」

「なんでですか!?」

この学園に七不思議が存在するということは知ってはいたが、確かに内容までは知らない。

でもだからと言って、知りたいと思っていたわけでもない。

「それはほら、次代を担う君にはこの学園のことをより深く知ってもらう必要があるからだよ。」

今までにもくだらない用件で呼ばれたことは何度かある。

しかしさすがにこんな時間にこんなことで呼ばれてはたまったものではない。

どうにかこの場でおひらきに出来ないものか・・・

「いや、でも七不思議なんて知らなくても・・・」

「いいからさっさとついてきたまえ。」

遙先輩はそう言ってさっさと歩き出してしまった。

すでにオレには選択権がないことを悟りため息を一つ吐くと、

遙先輩の後を追い、昇降口近くに立っている二宮金次郎の銅像の脇を通って校舎へと入った。





七不思議その1 目が光る人体模型

B棟2F、科学部がいつも使っている化学室の隣には、同じ理系の教室である生物室がある。

その生物室の端っこには骸骨の標本とともに人体模型が置かれている。

その人体模型は夜中になると目が光るらしい・・・

確かに昼間と違い、こんな暗い時間に人体模型や骸骨の標本を見ると気味悪く感じられる。

だが・・・

「光ってませんね。」

教卓側の入り口から入ってほぼ正面にこちらを向いて設置されている人体模型。

扉を開けた瞬間には光っているかどうかの判断くらい充分できようものだ。

そして、どう見ても肝心の目は光っていない。

「おやおや、おかしいな?」

扉から離れ、人体模型に近づいてみる。

教卓のまん前に来た瞬間。

カタ・・・

わずかな物音が聞こえた。

位置は多分教卓の下辺り。

そっちに目を向けようとした時、

「ほら、目が光ったよ。」

「え!?」

遙先輩の言葉に、オレは驚いて人体模型を見てみた。

確かに光っている。

人体模型の両目がぼんやりと淡く発光している。

まさか本当に七不思議があるとは思ってもみなかった。

オレの額から頬に冷や汗が一滴つたって・・・ん?

よく見ると、両目の光に照らされて、人体模型から教卓へと一本のコードのような物がのびているのがわかった。

そういえばさっき妙な物音が・・・

不審に思ったオレは教卓の裏に回りこむ。

すると、

「こずえ、こんなとこで何やってんだ?」

教卓の下にはこずえがいた。

右手には何かのスイッチを持っている。

コードがつながっている事を考えれば、それで両目を光らせていただろう事は容易に想像できるのだが。

「た、高志・・・」

こずえはオレを見上げてきた。

その目にはわずかに涙が浮かんでいる。

「高志ーー!!」

「うおっと!?」

こずえは急にオレに抱きついてきた。

危うく後ろに倒れそうになる体を強引に支えどうにか受け止める。

「こわかったーー!」

元々こずえはちょっとした怪談でもすぐに耳を塞ぐくらい怖がりだ。

夜の学校に、それもこんな部屋に一人でいたのでは心細くて仕方なかっただろう。

「先輩・・・」

「ん? なんだい高志君?」

「なんでこんなこと仕組んだんですか?」

「さて、一つ目の不思議も見たことだし、次に行こうか。」

オレの質問を完全に無視してさっさと生物室から出て行く遙先輩の背中を見ながら、オレはため息を禁じえなかった。



七不思議その2 ひとりでに鳴り出すグランドピアノ

階段を一つ登って西の端には音楽室がある。

B棟の端の教室全てに言えることだが、教室の両サイドが全て窓になっているため日中は電気をつけなくてもすむほどに明るい。

とは言え、今はその窓すべて闇の黒に染められている。

教室内には楽器を持っていても見やすいように楽譜を斜めに置ける特殊な机が整列し、

奥にはギターをしまってある棚と、楽譜や音楽用の資料が収められた棚がある。

一番前の机と教壇の間に置かれている大きな黒いグランドピアノがそれだ。

遙先輩いわく、コンクール前日に病死した病弱な少女の霊が毎夜ここでピアノを弾く、という。

すでにうさんくさいというか、遙先輩の仕組んだいたずら以外の何物でもないことは重々承知であるが、

仕方ないので音楽室へと入る。

しかし、ここに来るまでにもちょっとした物音に過剰な反応を見せるこずえが左腕に引っ付いているのはどうにかならないものか・・・

「で、いつ鳴り出すんですか?」

今のところピアノに変化は見られない。

「ん〜、ちょっと待ってくれ。」

遙先輩はきょろきょろと辺りを見渡す。

「ああ、いたいた。」

そして、何かに気づいて音楽室の一番奥へ。

奥のすみに白い塊がうずくまっていた。

いや、白い塊というか・・・

「若葉ねーちゃん・・・」

傍らにはすでに空っぽになった一升瓶が転がっている。

「ほらほら若葉先生、出番ですよ。」

「なによ〜、あと五分寝かせなさいよ〜〜」

ゴロリと寝返りをうって、完全に睡眠モードに入っている。

遙先輩はやれやれとでも言うかのように肩をすくめ、すぐそばに置かれていたラジカセのスイッチを入れた。

ピン、ポン、ピン・・・

途切れ途切れに切なく、物悲しいピアノの音が聞こえてくる。

遙先輩は立ち上がると、まるでねーちゃんのことはなかったかのように、

「おお、誰も弾いていないのにピアノの音がするね。」

大仰に驚いてみせた。

オレは呆れて何も返すことができない。返す気も起きない。

一連の行動が見えていたのにもかかわらずビクビクしだしたこずえにツッコミを入れる気も起きない。

「・・・じゃあ、次にいきましょうか。」

「そうだね。」

遙先輩を待たずして音楽室を出ようとするオレに、何もしゃべらずただ左腕にくっついていたこずえが疑問の声をかける。

「た、高志、若葉先生あのままでいいの?」

正直ほっぽっていきたい気分だったのだが、仕方ないか・・・



七不思議その3 トイレの花子さん

更に一つ階を上り、今度は東の端。

ここにある女子トイレには、かの有名な花子さんが出るという。

「というわけで、さっさと確認してきたまえ。」

「いやでも、男のオレが女子トイレに入るっていうのは・・・」

「どうせ誰も見ていないんだ。気にすることはない。」

それはそうかもしれないが、やはりちょっと気が引ける。

「ねえ、高志も怖いの?」

今だ左腕に引っ付いているこずえが上目遣いに聞いてきたのにちょっとドキッとしたのは秘密だ。

「いや、怖くはないけど・・・」

「だったらとっとといってきなさいよ。さっさと帰りたいんだから・・・」

今だ足元がふらついて、さっきも廊下の柱にぶつかりそうになったねーちゃんのだるそうな声が背後から聞こえた。

そうだな。とっとと終わらせてさっさと帰るか・・・

「一人で中に入って、一番奥の個室のドアを三回叩くんだ。」

「は〜い。」

かなり適当に返事をして、トイレの中へと足を踏み入れる。

別段特筆すべきこともない至って普通のトイレだ。

右側の手前に洗面台が二つ。

その奥に掃除用具入れ。

左側には三つの個室。

その一番奥の個室のドアだけが閉められていた。

誰もいないとはいえ女子トイレの中にはあまり長くいたくはない。

足早に三つ並んだ一番奥の個室までいき、連続でドアを叩く。

「は、入ってます。」

聞き覚えのある声が返ってきた。

「塚原か、もう出てきていいぞ。」

「う、うん。」

キィ・・・控えめにドアが開かれ、塚原が外に出てきた。

やはりこんなところで男子であるオレに会うのは恥ずかしいのか少しうつむき加減だ。

暗いのでよくわからないが、もしかしたら顔も少し赤くしているかもしれない。

「お前までなにやってんだよ。」

「え? だ、だって、生徒会長さんが、芳野君のためだからって・・・」

塚原まで引っ張り出すとは・・・

あの人は何を考えているのだろうか。オレにはわからない。

「いちいち変なことに付き合わなくていいぞ。」

「う、うん・・・」

塚原を従えてさっさとトイレから出る。

それにしても、あと四つも残ってるのか・・・



七不思議その4 死者の姿見

トイレから程近く。

屋上につながる階段の踊り場の壁には、なぜか大きな鏡が掛けられてある。

前に立つだけで全身が映るほどの大きさで、木で出来た枠にはそれなりに手間のかかりそうな模様が掘ってある。

古い物であるからか掃除されていないのか、

それほど見づらくはなっていないものの表面は所々曇り、枠の彫刻も一部に亀裂やシミが確認できる。

深夜にこの鏡をのぞくと死神の姿が映るという。

前からなんでこんな場所に置いてあるのか不思議に思っていたが、曰くつきの品物であるなら納得できる。

総じてこういう代物は捨てたり壊したりすると危険な物だからだ。

しかし、どうしたもんだろなぁこれ・・・

鏡の中、いや、おそらく表面はガラスか何かだろうか。

鏡を模した箱の中で真っ黒いローブを着て大きな鎌を持った若槻がニヤついていた。

「先輩・・・」

「ちゃんと見たかな?」

「はい・・・」

「では行こうか。」

言うが早いか、先輩はすでに視線を屋上に向けて足を動かしている。

オレもそれについて歩き出す。

「ねえ、ほっといていいの?」

今だオレの左腕に引っ付きっぱなしのこずえが聞いてくるが、気にせずそのまま階段を上る。

後ろに続く塚原も鏡の中の若槻を気にしてかちらちらと振り返っているが特に何も言わずについてきている。

若葉ねーちゃんにいたっては、がんばんなさいよーとやる気なさげな応援のメッセージを残すだけだ。

「おーい! 待ってくれーー!! せめて!! せめてツッコミだけでもーーー!!」

ドンドンとガラス面を叩く音と若槻の情けない叫びだけが闇に支配された校舎にこだました。



七不思議その5 屋上の人影

東西の方向で四つのブロックに区切られた芝生に植え込み。

それを囲うように木製のテーブルとベンチが配置されている。

南側には東と西にひとつずつ小さな温室があり、小さな公園と言って差し支えない程だ。

屋上への扉はやはり東と西にひとつずつ。

その東側の扉から屋上に出た俺たちは、温室の間、南端の中央の縁にたたずむ人物を見た。

先ほど校庭から見えたものと同じく長い髪に白いワンピースの女性だ。

後ろからなので顔は見えないが、後姿だけで充分に誰かわかる。

このウェーブのかかった綺麗な髪は見間違えるはずもない。

「芹沢先輩。」

オレの声に、芹沢先輩は微風に遊ばせていた髪を右手で少しかき上げながらこちらを振り返った。

「みなさん、ごきげんよう。」

いつもと同じ挨拶。

しかし、ワンピースに何か細工がされているのか、ぼんやりと淡く光るその姿に、

まるで闇に閉ざされた世界に光を与えるために降臨した女神のような美しさを見てしまい、

しばし見入ってしまった。

「高志さん、そんなに見つめたら恥ずかしいですわ。」

「え? あ! す、すみません!!」

照れ隠しに目をそらし頭をポリポリとかいた。

それでもついつい視線は芹沢先輩の方に向いてしまう。

ん? なんか左腕が痛くなってきた気がする・・・

「いやー、やっぱり姫は美しいっすね!!」

いつの間に箱から出てきたのか、若槻がいきなり背後から飛び出してきた。

さっきのことはどこへやら、いつものにやけ顔で芹沢先輩を見つめている。

「こらこら若槻。あそこにいるのは悲恋を苦に飛び降り自殺した女生徒の霊だろう。」

「あっと、さいでした。」

芹沢先輩はタハハと笑う若槻に笑みを一つこぼし、姿勢を正した。

「では私も、女生徒の霊として、その役目を果たしますね。」

「え?」

スッ、と音もなく芹沢先輩は自分の右足を後ろに動かし、そのまま・・・

オレは一瞬何が起こったのか分からなかった。

当たり前だ。

まさに信じられない光景を目の当たりにしてしまったのだから。

芹沢先輩が立っていたのは屋上を取り巻くフェンスの『向こう側』だったのだ。

こちらを向いた状態で後ろに倒れ、見えなくなってしまったということは・・・

最悪の状況が脳裏をかすめ、次の瞬間オレの体は動いていた。

最近は特に鍛えているわけでもないがそこは昔取った杵柄、すぐにトップスピードまで加速する。

目の前のベンチに飛び乗りそのままジャンプ、芝生を囲んでいる低いフェンスを飛び越える。

着地のために沈み込んだ姿勢はそのまま前進するためのバネとなる。

あっという間にさっきまで芹沢先輩が立っていた場所の内側についたオレは、

胸ほどの高さのフェンスにつかまって下を覗いた。

「芹沢先ぱ!!・・・い?」

そしてオレの目は点になる。

目の前に芹沢先輩がいたからだ。

宙に浮いているわけではない、下の階の窓から突き出た大きな板の上に芹沢先輩が座っていた。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてますよ。」

くすくすと実に楽しげに笑っている。

ええと、これは、どういうことですか・・・?

「はっはっは♪ 高志、ひっかかったな♪」

いつの間にか背後まで来てオレの背中をばしばしと叩く若槻に、オレは点のままの目を向けた。

「すみません。少しびっくりさせるだけのつもりだったのですが、驚かせすぎてしまったようですね。」

下から聞こえる芹沢先輩の声にそちらを見る。

「なぁに、お茶目ないたずらだったってことさ♪」

またばしばしと背中を叩く若槻を見る。

いたずら、その言葉を理解するのに数秒を要した。

ゆっくりゆっくりとフリーズしていたオレの脳が機能し始めると同時、

「いくらなんでもこれはやりすぎでしょ!! 万が一があったらどうするんですか!?」

他のみんなと一緒にこちらに来ていた遙先輩へと怒鳴る。

「大丈夫だよ。ちゃんと命綱もつけておいたしね。」

「命綱!?」

「これです。」

芹沢先輩の声にそちらを向くと、何かを捧げ持つようにこちらに出された手に何本か、

わずかにキラリと光る線が見えた。

芹沢先輩が少し揺らすと、それが今オレがつかんでいるフェンスにつながっているのがわかる。

「特注のワイヤーでね。一本でも人の一人や二人、余裕で支えられるよ。」

「実際に俺がバンジーやって確かめたから間違いない!」

にこやかにそう宣言する若槻に、お前本当にそれでいいのか?と思いつつ、

しかしもうため息をつくことくらいしか出来ずにオレは深々と息を吐いた。



七不思議その6 弾むバスケットボール

ところ変わって体育館。

A棟1Fの西から渡り廊下を通るとそれはある。

特にこれといって何の変哲もない体育館のはずなのだが、

毎夜バスケットボールがひとりでに弾んでいるらしい。

という話を屋上からの移動中に遙先輩から聞いた。

が、すでに心身ともに疲労困憊のオレにとって、もうどうでもよくなっていた。

女子たちはなにやら後ろでおしゃべりとかしてるし。

ちゃっかり若槻も混じってるし。

緊張感も恐怖感も微塵もない。初めからわかってたことではあるが・・・

しかし体育館の中に入ってすぐ、オレは度肝を抜かれた。

ダム、ダム・・・

「見事に弾んでいるね。」

遙先輩の言うとおり、確かにバスケットボールは見事に弾んでいた。

体育館の中央。

縦に往復を繰り返すボール。

ここまではまあ普通と言っていい。

しかしこれは往復の幅が尋常でなかった。

なにゆえ天井と床を行ったり来たりしているのか理解できない。

「先輩、電気つけていいですか・・・」

「好きにするといい。」

カチッ

真っ暗だった体育館に光が満ちる。

「ひうっ!?」

それと同時に聞き覚えのある声がした。

いや、こんな言葉を発するのは俺の知る限り一人しかいない。

「ま、まぶしいです・・・」

体育館中央の天井を見上げれば、神埼が目をしばしばさせて天井を支える骨組みの一本に立っていた。

「おーい、そんなとこで何やってんだー?」

「土御門先輩に手伝って欲しいと言われまして・・・」

まあ聞くまでもないんだけどな。

「神崎君、ご苦労だったね。もう降りてきてもいいよ。」

「は、はい!」

神崎は細い足場を苦もなく歩き、体育館の窓にカーテンを引くための足場へ飛び降りる。

そしてそのまま床へとジャンプ。

「ではそのボールは片付けておいてくれ。」

「はい。」

神崎は床を転がっていたボールをとり、奥の角にあるバスケットボール用の籠へとトタトタ走っていく。

「さて、次で最後だね。」

遙先輩について体育館を出ながら、このくだらない時間ももうすぐ終わりだと自分を励ましていた。

「あ! ちょ、ちょっと待ってください〜〜!」



七不思議その7 走る二宮金次郎

二宮金次郎と言えば、薪を背負いながら勉強する姿で有名だ。

勉学が第一である学生にとって目指すべき姿である。

しかし、もっと早く気づくべきだった。

ここは一番最初に通っていたのに。

なんで気づけなかったのか。

夏休み入る前までこんなところにこんなもの立ってなかったじゃん!!

もちろん夏休み中に二宮金次郎の像を作るという話も聞いていない。

それをさておいたとしてもツッコムべきところはまだまだある。

ありすぎて困るくらいに。

ではパーツごとに見ていこう。

頭、くせっ毛のショートに長いハチマキのようなものがリボン結びにされている。

体、学校指定のジャージ。

足、スパッツに運動靴。

全体的、全身銅の色をして背中に薪を背負って右手に本を持ってはいるが、鉄太郎以外の何物でもない!!

「いつ走り出すのかわくわくするね。」

どうせ何を言ったところでこの人には通じまい。

どうしたものかと鉄太郎の像を眺めていると、

「とう!!」

鉄太郎はいきなり台座から跳躍し、オレの目の前に着地した。

「オス! オラ二宮金次郎!!」

ずいぶんとちっこい二宮金次郎は得意げにニシシと笑った。

「そういうわけで、勝負しろ高志!!」

「脈絡がねえよ!!」

「位置について、ヨーイドン!!」

どこから持ってきたのか、若槻がいきなり火薬鉄砲を発射した。

「うおおおおおーーーー!!」

鉄太郎はそれを合図に勝手に走り出していく。

「えーい! こうなりゃヤケだ!!」

オレも鉄太郎の後に続き全力疾走を開始。

みんなの声援を受け、オレと鉄太郎は走る。

何やってんだろうオレ・・・? という疑問が浮かんだのは言うまでもない・・・




最後の不思議

「これまで七つの不思議を見てきたけれど、実はもう一つ、最後の不思議があってね。」

再び校舎の中に戻り、オレたちは遙先輩に引き連れられどこかへと歩いていた。

雲の切れ間から顔を出した月の光は思いのほか明るく、明確に明と暗を作り上げている。

リノリウムの廊下に響く足音は今や九人分。

茶番としか言いようのない七不思議のこともあり、すでに恐怖など微塵もない。

「ここだ。」

遙先輩が足を止めたのはA棟1F東端の生徒会室。

オレにとっては充分に慣れ親しんでいる場所だ。

「入りたまえ。」

遙先輩に続き、全員が生徒会室に入る。

中は夜でもいつもの通り、会議室のように長い机が中央に四角く配置され、それを囲むように椅子が置かれている。

壁際には様々な資料を置くための棚があり、この学園や生徒の情報を収めたファイルが整理されていた。

ドアが閉められるのを確認し、遙先輩はゆったりとした足取りで生徒会長の席に向う。

そして椅子に腰掛、両の肘を机につき顔の前で軽く手を組むと、

伏目がちに語り始めた。

「優秀な学園が多い武蔵羽村市でも、四つ葉学園は上位に位置する。」

いつもと変わらない口調。

しかし窓からの月明かりが逆光となり、その表情は伺うことはできない。

「ここの生徒会長になるということは、それなりの権限を有することができるということだ。」

オレの周りにいた女の子たちが、ゆっくりと部屋の奥、遙先輩がいる方に歩き出した。

「しかしそれでも、自らの理想、あるいは野望を果てせずにこの学園を去ってしまった生徒会長も少なくない。」

奇妙に感じながらも、オレはその場所で遙先輩の話に耳を傾けた。

気のせいだろうか。少し声のトーンが落ちているような気がする。

「この生徒会室には、そうした生徒会長の無念が蓄積されているんだよ。」

遙先輩の背後に布陣した女の子たちがオレに目を向ける。

その顔を見て、オレは息を呑んだ。

いつも生き生きとした表情を見せているはずの顔が、不自然なほどに無表情だ。

オレに向けられている瞳は輝きがなく、どんよりと濁っている。

「そしてその無念はいつしか怨念となり、更なる絶望を欲しだしたんだ。」

遙先輩が顔を上げた。

その瞬間更なる戦慄が走った。

遙先輩の表情も鬼気迫ったものだったからだ。

遙先輩の後ろの窓から見える三日月と同じような弧を描き、不気味な笑みを形作る口。

闇を溶かしたような黒く暗い瞳がギラリと光った。

気づけば女の子たちもまた遙先輩と同じく、貼り付けたような不気味な笑顔になっている。

今度こそ間違いなく、オレの額から頬に冷や汗が流れ落ちた。

逃げたい。一刻も早くここから逃げなければ!

心は焦っているにもかかわらず、体は震えるばかりで一向に言うことを聞かない。

口はカラカラに渇き、声を出すこともできない。

「さあ、君も・・・」

ユラリ、遙先輩の体から炎のようにゆらめく青白い陽炎のようなものが立ち上り始めた。

その青白い陽炎はじわじわと生徒会室を侵食し、オレの方へとやってくる。

「ボクたちと一緒に・・・」

逃げなきゃ! 逃げなきゃ!!

だめだ! 動けない!!

誰か! 助けて・・・!!




















「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫びと共に目を開く。

最初に視界に入ったのは見慣れた天井。

あれ? ここは・・・?

ゆっくりと体を起こすと、そこはいつもの自分の部屋だった。

神崎が女であることが発覚して以来、若槻や鉄太郎が遊びに来る以外はいたって静かなオレの部屋。

特に変わっているところもない。

窓から外を見れば曇り空に朧月。

時計は午後九時を指している。

「そうか、夕飯食ってちょっとベッドに横になったら寝ちゃったんだ・・・」

てことは、さっきのは夢だったのか・・・?

ふぅ・・・

安堵のため息が漏れる。

よかった・・・ホントに・・・

額の汗を右手で拭う。

と、全身が汗びっしょりであることに今更ながらに気づいた。

「このままじゃ風邪引くな・・・」

あんな夢を見たせいか少し体がだるいが、ささっとシャワーだけでも浴びることにする。

汗でぐしょぐしょになった服を適当に洗濯機に放り込み風呂場に入る。

ぬる目のシャワーを頭からかぶり頭と体をざっと洗う。

汗を落としさっぱりすると、だいぶ気分も落ち着いてきた。

そう、さっきのことは夢だったんだ。

明日にでも若槻か遙先輩にでも話してみようか。

笑い話くらいにはなるかな。

風呂場を出て、バスタオルで頭を拭きながら部屋に戻ると、テーブルに置きっぱなしだった携帯が鳴り出した。

ピ〜ロ〜リ〜ロリ〜ロ〜ピ〜ロリ〜〜

どうやらメールを着信したようだ。

バスタオルをかぶったままメールを確認する。

差出人は遙先輩。

なんとなく悪い予感を覚えながら内容を見てみる。

『今から四つ葉学園まで来たまえ。』

ついさっき見たばかりの夢がフラッシュバックする。

まさか・・・まさかな。そんなことは・・・

急いで支度をし、四つ葉学園に向かう。

校門の前についたオレに、遙先輩はこう言った。

「今日は、君にこの学園の秘密を知ってもらいたくて呼んだんだ。」

そんな、ことは・・・

オレはこの続きを知っている。

最後にどうなってしまうのかも・・・

「さあ、ついてきたまえ。」

オレハマダ、ユメノナカニイルノカ・・・?





 END




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<あとがき>

ど〜もご機嫌ようです。
暑い夏には恐怖が一番!と思い書き上げた『学園の怪談』いかがでしたか?
ほんの一時の清涼剤にでもなったなら幸いです。

自分は怪談の類がとっても大好きです。
この話を書くためにいろいろネットで調べていた時も、
妖怪や都市伝説をまとめたサイトを発見して一日中読みふけったくらいですから♪w
でもみなさんは充分に注意してくださいね。
物語を知っただけで現れる妖怪もいるという話ですし、
ましてや心霊スポットなんて行こうものなら・・・
誰しも自分の住む場所を荒らされたら黙っていようはずもなく、
憑いてきちゃう可能性高いですからね♪w

以上、君子危うきに近寄らずなMでした♪(つまりはただの臆病者)
でわでわ〜♪

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