M 様投稿作品


     ぴゅあぴゅあif under the moonlight








ぼんやりとした映像。

霞がかかっているような。





夜の、少し寒い風。

やわらかく地上を照らす月光。





そうか。

これはあの時だ。

さちと一緒に月を見た時のことだ。





月を見上げていたさちが、俺に気づき、振り返る。

たおやかな微笑み。

いつもと変わらない笑顔。

そう、いつもと変わらない。










いつまでも変わらない。










それは、今でも・・・




















シャーーッ

俺の部屋のカーテンが開かれる音。

うとうととしたまどろみの中で、俺はその音を聞いた。

まぶたを閉じていても、朝の日差しを感じられた。

今日は快晴か。

すぐには動き出さない頭でそんなことを考える。

しかし、眠い。

もうちょっとだけ寝ていたい。

俺は日差しから逃げるように寝返りをうった。

カーテンを開けた張本人はそんな俺を見てくすりと笑い、俺が寝ているベッドへと近づいてくる。

「ご主人様、朝ですよ。起きてください。」

俺の耳朶をうつ優しい声。

この声を聞くと思わず起きてしまいそうになるが、まだこうしていたい。

「う〜ん、後五分・・・」

マンガなどではお約束なセリフだが、この五分はかなり重要だ。

「それでは、五分だけですよ。」

声の主は困った様子もなく了承し、ベッドの傍らに座った。

そして、俺に優しいまなざしを向ける。

俺はそれを背中で受け止める。

俺はこの五分が好きだ。

優しく見守ってもらえる五分が。

すでに朝の恒例行事となっている。

何をするでもない。

何を話すでもない。

ただ静かな時を過ごす。

でも、最高の幸せを感じられる時間。

できることなら五分といわず十分でも十五分でも感じていたいが、そうもいかないのは本当に残念だ。

だから今日も・・・

「五分経ちましたよ。ご主人様。」

この言葉が来る。

「ふぁ〜・・・仕方がない。起きるか。」

俺は身を起こし、ベッドから出た。

「おはようございます。ご主人様。」

ベランダに続くガラス戸から入ってくる太陽の光に負けないほどに温かい笑顔。

俺はそんな笑顔に対し、朝の挨拶を返した。

「おはよう、さち。」















  ぴゅあぴゅあif under the moonlight
     〜満ちる月 満ちる想い〜















「いらっしゃいませ。」

今日もペットショップ『FRIENDS』は、なかなかの賑わいを見せている。

美和もひなたも忙しそうだ。

とばりが来てくれればずいぶんと楽になるんだろうけど、

まあ無理は言えないよな。あいつは今頃・・・

「お〜い、潤。」

「ん? どうした御堂?」

「予約のお客さんが来はったで。」

「わかった。すぐ準備する。」

俺は辺りをきょろきょろと見回した。

あれ? どこに行ったのかな。

「さちならもう奥やで。先に準備しとるんやないか?」

「そうか。」

だったら俺も早く行かないとな。

「では、奥へどうぞ。」

俺はミニチュアダックスフントを抱いているお客さんを連れて、トリミングをするための部屋へと向かった。

「あ、ご主人様。」

ドアを開けると、すでに準備を終えたさちが出迎えてくれた。

「さち。先に準備しといてくれたんだな。」

「はい。」

「ありがとな。」

「いえ、そんな・・・」

さちの頭に手を乗せて軽くなでてやる。

控えめに揺れているしっぽはいつもながらかわいいな。

「あなたたちはいつも仲が良くていいわねぇ。」

「あ、すみません。」

おっと、お客さんの前であんまりこういうことするのは良くないか。

俺はさちの頭から手を離した。

「いいのよ、謝らなくても。見てるほうも幸せになれそうだから。」

そういってくれるのは嬉しいけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。

さちの顔も赤くなっている。

「それでは、今日はどんな感じにしましょうか?」

「そうねぇ・・・じゃああなたにお任せしようかしら。」

「はい。わかりました。」

「その子に似合うようにしてね。」

「お任せください。」

そう言って、俺はハサミを取った。

シュッシュッ

さちがミニチュアダックスフントの毛を霧吹きで湿らせる。

「それじゃあ始めるか。」

「はい。」

チョキチョキ・・・










トリミングを仕事でするようになってから、もう二年近くになる。

卒業試験でそれなりの成績を出した俺は、いくつかの店からスカウトされた。

その中から俺は学校からあまり離れていない店を選んだ。

理由はもちろんさちと離れたくないから。

すぐには一緒に暮らせないが、それでも少しでも近くにいたかった。

その店に就職してからは、まさに一生懸命だった。

一日でも早く一人前になってさちを迎えに行きたい。

ただそればかり考えていた。

そして一年が経ち、仕事も生活もだいぶ安定したと判断した俺は、さちとひなたを迎えにいった。

三人での生活。

今までと違い、賑やかになった。

主にひなたが賑やかにしてくれたんだけど。

それはともかく、幸せな時間は訪れた。

仕事中はアシスタントとしてそばにいてくれる。

休みの日はもちろん一緒だ。

俺の心は満たされた。

そんなある日、御堂と再会した。

御堂は自分のペットショップを開こうとしていた。

もともと経営がどうのこうの言っていたし、妙にいろいろな才能があるやつだとは思っていたが、

こんなに早く店を持てるようになるとは思ってなかったから、ずいぶん驚いた。

少し話をしているうちに、俺はあることに気がついてこんなことを提案した。

「なあ、俺もこの店で働いていいか?」

「え? お前、仕事はあるんやろ?」

「ああ。」

「じゃあそれをがんばったらええがな。」

「でも、せっかくお前が店を出すっていうんだし・・・」

「こっちなら大丈夫やで。それなりにスタッフもそろっとるし。」

「じゃあアレはなんなんだよ?」

俺が指差した先には、

「あ? あ〜、ばれてもうた?」

「あんだけ目立ってれば、そりゃなぁ。」

『急募!! 求むスタッフ!!』と書かれたはり紙が・・・

「一応一通りそろってはいるんやけど、もうちょい人手がほしいなぁ思とったんや。」

「じゃあ、ちょうどいいな。」

「でも、ええんか? 後悔しても知らへんで?」

「お前が経営するんだったら、そう簡単には傾かないだろ?」

「おお! 俺ってずいぶん信頼されとるんやなぁ。やっぱりこれもあふれる才能のおかげ・・・」

「それじゃあ、明日にでも辞表出してくるか。詳しい話はまた後でな。」

「って、おーい、無視せんといてくれぇ・・・」

そんなこんなで、御堂の店で働くことになった。


しかし、変化はこれだけではなかった。

ある夜、俺がたまたま外出していた時のことだ。

一人の猫耳っ子、とばりと出会った。

とばりは変な連中に追われていたみたいだったが、どうにかやり過ごすことができた。

その後、空腹で倒れてしまったその子を家に連れて帰って唐揚げを食べさせたんだけど、

しかし、そのお礼といって、その、なんと言うか・・・あんなことをされてしまった・・・

強引にでもやめさせたほうが良かったのかな・・・

幸いなことにさちとひなたにはばれてないけど、

もしかして俺はさちを裏切ってしまったことになるのだろうか・・・?

あああ、ごめんよさち・・・

それからも、とばりとは妙に縁があるようで、

何度か話をしたり、ペットショップや喫茶店を手伝ってもらったりした。

教会でシスター姿のとばりにばったり会ってしまった時は、えらくびっくりしたなぁ。

とばりの意外な一面を見た気がして、嬉しくもあったけど。

まあそれはいいんだけど、それよりも大変だったのは・・・

あの日、たまたま仕事で遅くなり、俺の家に泊めてやった時、

俺はあいつの寝言を聞いてしまった。

どうやらとばりは自分のご主人様を好きになってしまったらしい。

意図的ではなかったとはいえ、とばりの秘密を知ってしまった俺は、

人間と耳っ子の恋愛について様々な相談をされた。

ずいぶんといろんな質問されて大変だったなぁ。

まあそれもこれも、とばりがご主人様を想う気持ちなんだから悪いことじゃないけれど。

それに、二人の想いがつながったんだから、俺としても嬉しいし。

そう、たまたま俺ととばりが街へと出かけ、とばりがご主人様らしき人を見かけた日の夜、

とばりはご主人様に会いにいった。

自分の気持ちを確かめるために。

そして、一週間後。

再び俺の前に現れたとばりは、ちょっと雰囲気が変わっていたような気がした。

落ち着いたというか、穏やかになったというか。

理由はもちろん、

「わたし、ご主人様と恋人になれたの。」

これだろう。

「そうか。よかったな。」

「あなたのおかげね。」

「俺はたいしたことしてないぞ。」

「まあ、そうかもしれないけど・・・」

おいおい・・・

「一応、お礼はしておかないとね。」

「別にお礼なんていいぞ。とばりとご主人様が幸せになってくれれば。」

「あら、たまにはかっこいいこと言うのね。」

「たまにってなんだよ・・・」

「いいから、ちょっと目をつむりなさいよ。」

「え? なんで?」

昼間の公園とはいえ周りに人はなく、前回のこともあり、ついつい警戒してしまった。

「いいから。ほら、早くしなさい。」

「わ、わかったよ・・・」

仕方なく目をつむると、

チュッ

何かほっぺたにふわっとした感触が・・・って!!

「お、おい! とばり!?」

驚いて目を開けると、目の前にはいたずらっぽく笑うとばりの顔が。

「なによ?」

「いきなりこんなことするなよ!」

「お礼なんだからいいじゃない。」

「だからって・・・ご主人様と恋人になったんだろ?」

「ご主人様はこのくらいのことで怒ったりしないわよ。」

「そういう問題か・・・?」

「とにかく、そういうことだから、もうあんまりこっちには来られないと思うの。」

「・・・そうか。」

「みんなには、よろしく言っておいてね。」

「ああ、わかった。」

「じゃあね。」

そう言って、とばりは去っていった。

少し寂しいけど、二人が幸せならそれが一番いい。

と、思っていたんだけど・・・

一週間に一回はこっちに来てるような・・・

そのことをとばりに聞いてみたら、

「ご主人様がいってきなさいって言うんだもの。いいじゃない。」

まあいいんだけどな。


あとは、美和のことかな。

学校を卒業してからは仕事のことばかり考えていて、実家にはろくに電話もしなかった

そんな俺を心配してか、美和がちょくちょく顔を出すようになった。

「忙しくてちゃんとご飯食べてないんじゃないかって、お母さん心配してたよ。」

「大丈夫だって、ちゃんと食べてるよ。」

食事は三食きちんと取っているつもりだ。でも・・・

「大切な時期だからね。バランスよく栄養とって、健康に気をつけなくちゃ。」

「う・・・」

「どうしたの? お兄ちゃん。」

「いや、なんでもない・・・」

食事は三食きちんと取ってはいるが、

忙しいからコンビに弁当やレトルトやらそんなものばっかりなわけで・・・

こういったものは健康上あまりよろしくないわけで・・・

俺ももっと上手に料理できるようにならないとな。

それからというもの、美和に世話になる日々が続いたのだが、そんなある日曜日。

その日はシフトの関係上仕事は休みで、さちとひなたに会いに行く約束をしていた。

準備をして早速行こうとした時、

ピンポーン

インターホンが押されたので玄関に行くと、

「おはよう、お兄ちゃん。」

「ああ、おはよう、美和。」

そこには美和がいた。

「ごめんね。今日はちょっと遅くなっちゃって・・・」

と、そこで俺がいつもと違う格好をしていることに気づいた。

「お兄ちゃん、どこかに出かけるの?」

「ああ、前に話したことあるだろ? さちとひなたに会いに行くんだ。」

「あ、そうなんだ・・・」

美和はちょっと考えるそぶりを見せてから、

「ねえ、お兄ちゃん。」

「ん?」

「もし邪魔じゃなかったら、わたしもついていっていいかな?」

俺もちょっと考えてみるが、別に美和を連れて行っても問題はないだろう。

「ああ、じゃあ一緒に行くか。」

「うん。」

そんなわけで、一緒にさちとひなたに会いに行くことになった。

休みの日だけあって、学校は静かだった。

まだそれほど長い月日が経ったわけでもないのに、なんとなく懐かしさを感じつつ廊下を歩いた。

そして、俺が使っていた教室のある廊下への曲がり角をまがると、

「あ・・・」

在りし日の光景が、俺を迎えてくれた。

「ご主人様、おはようございます。」

「さち、わざわざ出迎えてくれたのか。」

「はい。」

さちは恥ずかしいのか、ほんの少し頬を朱に染め、それでもとっても嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとな。」

俺は一言お礼を言って、さちの頭をなでた。

久しぶりに触ったさちの髪は柔らかくてさらさらで、

こんなにさわり心地良かったのかと思うくらいにふわふわだった。

学校にいた頃は毎日のように触れていたはずなのに・・・

どんなに大切なことでも、時間が経てば徐々に薄れていく。

当たり前だけどやはり寂しく、でもこうしてまたさちをなでられた嬉しさを噛み締めつつ、

ついつい夢中でなでてしまった。

「あ、ご主人様・・・」

ふと、さちが俺の背後に目をやった。

「ん? ああ、俺の妹の美和だ。」

「あ、は、はじめまして、美和といいます。兄がお世話になってます。」

「いえ、こちらこそ、ご主人様にはいつもよくしてもらっていて・・・」

と、二人がやけに丁寧な挨拶を交わしていると、

「ご主人様ーーーー!!」

廊下の向こうから元気な声が聞こえてきた。

「ご主人様っ!!」

その声の主は全速力でこちらに向かって走ってきたと思ったら、そのままの勢いで・・・って、

「うわぁっ!!」

「ご主人様!! 会いたかったよぉっ!!」

俺は思いっきり飛びついてきたひなたを受け止め、なんとか倒れないように踏ん張った。

「ご主人様ーーー♪」

「わ、わかった! わかったからそんなにしがみつくなよ!」

その後、ひなたをどうにか引き離して、四人でゆったりとおしゃべりを楽しんだ。

帰る頃には美和もすっかり打ち解けて、また二人で遊びにくる約束もした。

もちろんさちとひなたを引き取ったあともよく一緒に遊んでいた。

しかし、あれは失敗だったかなぁ・・・

あれは、去年の夏だった。

美和が、興味があると言うので初めてペットショップに連れて来た時のこと。

御堂に勧誘されてしまった。いや、あれはナンパか・・・?

それで結局、時間があるときはアルバイトってことになったんだけど、本当によかったんだろうか?

まあ美和自身が嫌がっているわけでもないし、

美和の人見知りが改善されつつあるようだから、悪いとは言わないが・・・

たまに美和を見る御堂の目が怪しかったりするからなぁ・・・

今のところ行動には出ていないが、兄として気をつけないと・・・

「そんなこと考えとったんか・・・ひどいわぁ・・・」

「御堂!! 回想シーンに入ってくるな!!」

まあそんなこんなで今に至るわけだ。










チョキチョキ、チョキン

「こんな感じでいかがでしょう?」

ブラシで毛を整えながら、お客さんに聞いてみる。

「まあステキ♪ ありがとね♪」

どうやら喜んでもらえたようだ。


そして、それから数人のお客さんの相手をして、今日の業務は終わり。

「お疲れさん。」

「お疲れ様。」

「お疲れ様です。」

「おつかれー」

「お疲れ様でした。」

いつものごとくしめの挨拶をして、あとは帰るだけ・・・

「潤、ちょっとこっち来ぃや。」

と、御堂が俺を手招きした。

「なんだよ?」

俺が御堂に近づくと、御堂はいきなり俺の首に腕を回し、引き寄せた。

「うわっ!? な、なんだよ!?」

「明日の準備、ちゃんとやっといたで。」

俺たちの後ろにいる『彼女』に聞こえないように小声で話しかけてきた。

「そ、そうか。サンキュー」

俺も小声でそれに応じる。

「お前のほうは準備できとるんやろな?」

「ああ、もちろんだ。」

明日のために、みんなにはいろいろと手伝ってもらっている。

俺だけさぼってはいられない。

そうでなくとも、明日は重要な日になるんだし。

『彼女』の目を盗んでいろいろやるのは苦労したけど、

その分、明日が楽しみでもある。

「おお、そうかそうか。それなら安心やな。」

「いくらなんでも忘れるわけないだろ。」

「そうか? いつぞやは・・・」

「あ、あの時は、卒業試験のことで頭がいっぱいで・・・」

も、もうあんな失敗は二度としないぞ・・・

「まあええわ。それより、明日はしっかりやるんやで。」

「ああ、わかってる。」

俺がそう言うと、御堂は腕を離した。

「明日もよろしく頼むで。」

「おう。じゃ、また明日な。」



今日もみんなで家路につく。

駅で美和を見送って、俺たちの家に帰り、さちが作った夕飯を食べて、

風呂に入って、川の字で寝る。

当たり前の日常。

でも、幸せな日常。















翌日・・・

今日も空は晴れ渡り、太陽はさんさんと、とまではいかないが、

三月にしては暖かい日差しが降り注いでいる。

「おはよーさん。」

「おはよ。」

「みどー、おはよー」

「おはようございます。」

「おはようございます。御堂さん。」

いつものように店の前で朝の挨拶を交わす。

「今日は喫茶店やで。」

「そうみたいだな。」

御堂の格好を見れば一目瞭然だ。

「というわけで、がんばってや。」

「お前もな。」

「それはもちろんやで。」

みんなで二階の喫茶店へと上がり、それぞれ準備を始める。

と・・・

「おはよーございまーす♪」

喫茶店内に元気な声が響いた。

「おお、ミミちゃん。配達ご苦労さん。」

ミミちゃんというのは、最近できた近所のパン屋さんで働いている犬耳っ子だ。

そのパン屋さんの店長が御堂と知り合いらしく、

その上、毎日店の前に行列ができるほどにおいしいということで、

この喫茶店で使うパンを仕入れさせてもらっている。

「あ、ミミちゃん! おはよー♪」

「ひなたちゃん、おはよー♪」

ひなたとミミちゃんは大の仲良しになっている。

雰囲気が似ているから気も合うのかもしれない。

どちらも元気で明るく何事にも一生懸命だ。

ただ、ちょっと空回りして失敗しちゃうドジなところも似ていたりするのだが。

キャッキャとはしゃぐ二人は、見ているだけで微笑ましくなる。

でも、今は遊ばせておくわけにもいかないよな・・・

「仲がいいのはいいけど、ちゃんと仕事の準備もしないとダメだぞ。」

「えーー!?」

やはりというか、すぐには言うことを聞いてくれないようだ。

「準備しないと開店できないだろ?」

「うー・・・」

もうちょっと大人になれば大丈夫になるかもしれないが、

これがひなたらしさでもあるかな、とも思ってしまう。

「ひなたちゃん、ご主人様を困らせちゃダメでしょう?」

「うん・・・」

さちがたしなめると、ひなたは一応はうなずいてくれた。

「ひなたちゃん、また今度遊ぼうね。」

「うん・・・」

ミミちゃんの言葉に、しぶしぶといった表情ではあるが、

ひなたはおとなしくいうことを聞いてくれた。

「じゃあ、ひなたちゃん、またね♪」

「うん、まったね〜♪」

ぶんぶんと手を振るひなたに、こんど都合がついたら遊びにいかせてやらないとと思い、

再び準備に取り掛かろうとして、ミミちゃんと入れ違いに入ってくる人影が見えた。

「ひさしぶりね。」

ざっと二週間ぶりにとばりが来てくれたのだ。

「とばり、来てくれたんだな。」

「こういう時くらいはね。」

事前に連絡はしていたが、正直来てくれるかちょっと不安だった。

でも、こういうところはさすがとばり。

普段はクールにしていても、友達思いというか、義に厚いというか。

「とばりちゃん! ひさしぶりー♪」

「元気にしてた? ひなた。」

「うん♪ ボク元気だよ♪」

「ひさしぶり、とばりちゃん。」

「おひさしぶりです。」

「ええ。」

と、そこでとばりがさちを意味ありげな笑みで見つめた。

「・・・どうか、しましたか?」

さちが不思議そうに首をかしげた。

こ、これはちょっと、まずいか・・・?

「なんでもないわよ。」

「はぁ・・・」

さちは釈然としない様子ではあったが、

特に追求することはせず、みんなと控え室に入っていった。

ふう、ちょっとひやっとした。

ばれなくてよかったぁ・・・

「怖かったなぁ・・・」

「ああ、心臓に悪い・・・」

「今日は安心できる時間はないかもしれへんなぁ。」

「勘弁してくれ・・・」

朝から疲労困憊になりつつ重い足取りで倉庫に向かい、着替えを済ます。

出てきた時にはすでに女の子たちの着替えは終わっていた。

「全員そろったところで開店や!」

「よし! 今日もがんばっていくか!」










「いらっしゃいませ。」

「何名様ですか?」

「お席にご案内いたします。」

今日も喫茶店はいつもどおりの盛況だ。

とばりが来てくれたからすこしはマシだろうが、それでもなかなか暇はない。

「ふう、今日も忙しいな。」

「せやな。けど、店にとっては万々歳やで。」

「喜んでいいのか悲しんでいいのか・・・」

「ほれほれ、んなこと言ってる暇があったら仕事してや。」

「はいはい。」

今日も今日とてフロアを駆け巡る俺なのであった。










ランチタイムをまわり、しばらくした頃。

「潤。落ち着いてきたから昼飯いってきてや。」

御堂から昼食のGOサインが出た。

「わかった。」

「ご主人様。ごはん?」

近くにいたひなたの反応は素早い。

今日は午前中から結構忙しかったから、お腹が減っているのだろう。

「ああ。」

「わーい♪ ごはんごはん♪」

いつにも増して喜んでいる。

「おーい、さち。」

「あ、お昼ご飯ですか? ご主人様。」

「ああ。とばりと美和も一緒に来るか?」

「うん、そうさせてもらうよ。」

「そうね。たまには悪くないかもね。」

「じゃあ決まりだな。」

女の子たちは控え室で、俺は倉庫で手早く着替えを済ます。

「ちゃんと時間までに戻ってくるんやで。」

「わかってるよ。」

御堂の声に送られながら、俺たちはいつもの場所へと向かうのだった。





いつもの公園のいつもの芝生。

そこで俺たちは弁当を広げた。

「いただきます。」

「いただきま〜す♪」

弁当箱の中身はいつもより少し多め。

もちろんとばりが来ることを見越してのことだ。

やっぱりご飯は大勢で食べる方が楽しいからな。

しかし、よくよく考えてみると・・・

「あ! そのおかずちょ〜だい♪」

「はい、ひなたちゃん。」

「ひなた、そんなにがっつかなくてもおかずは逃げないわよ。」

「らっておいひいんらもん♪」

「うふふ♪」

「あははは♪」

女の子四人に囲まれてるんだよな。俺・・・

しかもみんなそれぞれに魅力的だし。

妬まれたりとかされても、しかたなかったりして・・・

「どうしたの? お兄ちゃん?」

「え? あ、いや・・・」

そんな思いが顔に出てしまっていたようで、美和が不思議そうにたずねてきた。

とっさのことで、うまくきりかえせないでいると、

「もしかして、おいしくなかったですか?」

今度はさちが不安そうに尋ねてきた。

「い、いや、そんなことはないぞ。」

俺は慌ててさちの言葉を否定し、手元にあった卵焼きを一口ほおばった。

「うん! うまい!」

「うふふ、ありがとうございます。ご主人様。」

まあでも、一番嫉妬しそうなヤツは今頃・・・

「へぇ〜っくしょい!」

「店長、風邪ですか?」

「バカは風邪ひかん言うんやけどなぁ・・・って、誰がバカやねん!!」

「あはは、店長っておもしろいですね。」

「関西人の血がそうさせるんやろな♪」

とかいってたりして・・・













「ありがとうございました。」

本日最後の客を見送って、店のドアの札を『CLOSED』に変える。

「今日もお疲れさん。」

「お疲れ。」

「お疲れ様でした。」

「おつかれー」

「お疲れ様。」

「お疲れ様でした。」

「それじゃ、みんな着替えて来てや。」

女の子たちが控え室へと入っていく。

それを完全に見送ってから、

「御堂、準備はできてるか?」

「おう、バッチリやで♪」

「そうか。」

「俺らもさっさと着替えよか。」

「ああ、そうだな。」

みんなが着替えを終えて、店内に戻ってきたところで、

「ほな、本日のメインイベントといきますか♪」

「そうだな。」

「え? 何が始まるんですか?」

「さちお姉ちゃん♪ こっちこっち〜♪」

「え? え?」

ひなたがさちの背中を強引に押して一階へと降りていく。

俺たちもその後に続いて階段を下りる。

そしてペットショップの店の奥。

店長である御堂と一部の店員以外はあまり使うことのない事務室の前へ。

この部屋にあるのは、ペットや耳っ子の資料とか売り上げや商品の在庫数などのデータを記録するためのパソコンなどだ。

俺もまだ数えるほどしか入ったことはない。

まあ普段はあまり入る必要がないからだが、そのおかげでこっそりと準備を進めることができた。

といっても、ほとんど御堂がやってくれたんだけど・・・

「じゃじゃ〜〜ん♪」

ひなたが一気にドアを開いた。

「あ・・・」

中の様子を目の当たりにして、さちは驚いたようだ。

部屋の中には、『誕生日おめでとう』と書かれた垂れ幕やバースデーケーキ、

他にもいろいろなご馳走が並んでいる。

「さちお姉ちゃん♪ お誕生日おめでとーー♪」

「おめでとう、さち。」

「さち、おめでとさん。」

「おめでとう。さちちゃん。」

俺を含めてみんなからのお祝いの言葉。

「あ、ありがとうございます。」

少し恥ずかしそうに頬を染めているが、さちはとても嬉しそうだ。

「よーし! まずはカンパイやーー!!」

シュポーンと勢いよくシャンパンが開けられた。

「あ、あの、わたし、未成年なんですけど・・・」

「今日はめでたい席なんやで。細かいことは気にすんな♪」

「まったく、しょうがないヤツだな。」

「うふふ。」

「えっと、ほんとにいいのかな? お兄ちゃん・・・」

「まあ、ちょっとくらいならいいだろ。」

テーブルの上に置かれていたグラスに琥珀色の液体が注がれた。

「いいシャンパンなんでしょうね? 安物じゃ、あたしの口には合わないわよ。」

「まあいいからいいから。」

相変わらずのとばりに、御堂はグラスを押し付け、みんながグラスを持ったところで、

「カンパーーイ!!」

パーティーが始まるのだった・・・




















「・・・ん、あれ? 俺、寝ちゃってたのか・・・」

気がつけば俺は床で寝ていて、いつの間にか毛布をかけられていた。

時計の針は丑三つ時、つまりは午前二時をさしていて、

周りを見れば他のみんなも同じように眠っている。

「あれ? さちがいない?」

その中にさちの姿が見えないことに気づき、俺は控え室を出た。

喫茶店内には見当たらず、ペットショップへと降りる、

しかしそこにも人の気配はしなかった。

こんな深夜にふらふら出歩くような危ないまねはしないとは思うが、

これだけ探して見つからないのは心配だ。

俺はペットショップの正面へと出た。

「あ・・・」

そこには、俺が探していた人がいた。

夜空を見上げて・・・

夜空に輝いているのは丸い満月。

そこから地上に降り注いでくる柔らかな光。

その銀色の光をまとい、自身が光っているかのようなさちの姿。

俺はしばらくの間、月に照らされたたずむさちに見入ってしまった。

夜の風が月明かりの下で眠る街を吹き抜ける。

あの時と同じように、少し寒い。

「あ、ご主人様。」

あの時と同じように、さちが俺に気づき、振り返る。

「月を見てたのか?」

あの時と同じように、やわらかく地上を照らす月。

「はい。」

俺も夜空を見上げる。

「きれいだな。」

「そうですね。」

二人で月を眺める。

静かな時間が流れる。

二人きりの静かな時間。

静寂を破ったのはさちの言葉。

「わたし、幸せです。」

俺は、月を見上げたまま言葉を紡ぐさちを見る。

「ひなたちゃん、御堂さん、美和さん、とばりさん、そして、ご主人様。」

いったん言葉を区切り、さちは俺に顔を向けた。

そこには、まさに幸せを絵にしたかのような優しい笑顔があった。

「こんなにもたくさんの大切な人たちと、一緒にいられるのですから。」

月に負けないくらいきれいな笑顔を前に、俺の鼓動は高鳴った。

いいムードだ。言うなら今しかない。

「ど、どうせなら、さ・・・」

しかし、緊張のためか、少し声が上ずってしまった・・・

軽く深呼吸して心を落ち着かせる。

「もっと、幸せにならないか?」

「え?」

「これ、プレゼントだ。」

俺はポケットから小さな箱を取り出し、さちに渡した。

「あ、ありがとうございます。」

驚いた表所のまま、さちは箱を受け取った。

「・・・開けてもいいですか?」

「ああ、もちろん。」

箱に結ばれていた赤いリボンを解き、包装紙を丁寧に開いていく。

そして箱のふたを開けると、

「あ・・・」

そこには銀色の指輪がひとつ。

その指輪は月の光に照らされ、きらきらと輝いていた。

「なあ、さち。」

指輪を見つめていたさちが、俺へと顔を向けた。

軽く深呼吸して、こみ上げてくる緊張をむりやり押さえつける。

「結婚、しないか?」

「・・・え?」

さちの目がゆっくりと見開かれる。

多分いきなりのことで頭がついていっていないのだろう。

だから俺はもう一度その言葉を言った。

「結婚、しよう。」

見開かれていたさちの目が揺らめいたかと思うと、みるみる涙がたまっていく。

「あ、えと、嫌ならいいんだけど・・・」

さちの涙に少し動揺して、ついそんなことを口走ってしまった。

しかし、さちは首を横に振った。

「そんな、嫌だなんて、そんなこと・・・」

否定してくれたことに内心ほっとする。

「じゃあ結婚してくれるな?」

しかし、さちは顔を伏せ、

「でも、わたしは耳っ子ですし・・・」

そう言われるだろうことは予想していた。

確かに俺とさちは異種族だ。

結婚なんて考えるやつは珍しい。

いや、おかしいと言われても仕方がないだろう。

でも俺は・・・

「人間だとか耳っ子だとか、そんなことは関係ない。
 俺はさちが好きなんだ。さちがさちだから好きなんだ。」

「ご主人様・・・」

誰がなんと言おうとかまわない。

俺はさちが好きだから。

俺の相手はさち以外に考えられないから。

「さち、結婚してくれ。」

答えるには充分な間。

だけど、次にさちがどう答えるかはわかっていた。

俺とさちの心は、一つになっていたから。

「・・・はい。」

そう答えたさちの顔には、もう不安やためらいはなく、

ただ笑顔だけだった。

俺は今まで以上にこの笑顔を、さちの幸せを守っていかなければならない。

それは俺が望んだこと。

だから俺は、俺の全てをもってさちを守る。

「さち・・・」

「ご主人様・・・」

うまく言葉にはできないそんな想いを込め、約束のキスを交わす。

それを見ていたのは、あの時と同じように俺たちを照らす月だけだった。

























「なんか、緊張するな。」

「人生で一番の晴れ舞台やからな。緊張して当然やろ。」

「どうにかならないか?」

「どうにもならへんなぁ。」

「う〜ん・・・」

意味もなく控え室をうろうろしてしまう。

「さちの様子見てきたらどうや? そろそろ着替え終わったんやないか?」

時計を見ると、確かにそれくらいの時間にはなっている。

「・・・そうだな、そうするか。」

俺は今の心境を示すかのように、そそくさと部屋を出た。

ここは以前とばりが世話になっていた教会。

神父さんがとても優しい人で、人間と耳っ子の結婚式という前例のないことにもかかわらず快く引き受けてくれた。

廊下の窓からはさんさんと太陽の光が入ってきている。

ジューンブライドを狙ったわけではないが、今は六月。

梅雨の時期だというのに、こんなにも快晴になってくれたのは、

空も俺たちを祝福してくれているということなのだろうか。

緊張をごまかしたいからか、妙に詩人になってしまった・・・

廊下を曲がったところで、こっちに向かって来るひなたの姿が見えた。

「あ、ご主人様!」

「ひなた、さちの着替えは終わったか?」

「うん、終わったよ。」

「そうか。」

ということは、ひなたはさちが着替え終わったことを伝えるためにこっちに向かってきていたのだろう。

だがその必要はなくなったので、そのまま俺と一緒にさちの控え室へと向かう。

コンコン

「さち、入るぞ?」

「はい。」

ドア越しにさちの返事を聞き、ノブを回す。

ガチャッ

ドアを開けた瞬間、俺の思考は全てストップしてしまったかのようだった。

窓から降り注ぐ初夏の陽光を受け、淡く輝く純白のウエディングドレス。

ドレスに包まれているのは、いつものように、いや、いつも以上に嬉しそうに微笑むさち。

俺はその美しさに釘付けになってしまった。

「ご主人様?」

さちの姿に見入っていた俺に、さちは不思議そうな視線を向けた。

「あ、え、ええと、その・・・」

しかし、思考が止まっていた俺はすぐに言葉を出すことができなくなっていた。

「きれいやで、さち。こりゃ惚れなおすっちゅうもんやな、潤。」

いつの間にか後ろに立っていた御堂が俺の背中をばしばしと叩く。

「な、なにすんだよ!?」

いきなりの仕打ちに文句を言うものの、

「ほれ、お前もちゃんと言ってやらんかい。」

御堂が俺に小声で耳打ちした。

「あ、ああ、わかってるよ・・・」

コホン、と軽く咳払いをして気持ちを仕切りなおす。

「さ、さち・・・」

しかし、どうしても恥ずかしくてさちを直視することができず、視線が泳いでしまった。

「きれいだぞ・・・」

何とか言葉には出すことができたが、かっこ悪いことこの上ない・・・

そんな俺がおかしかったのか、さちはくすっと笑い、

「ありがとうございます。」

太陽にも負けないほどの輝く笑顔を浮かべた。










真っ赤なじゅうたんが敷かれたバージンロードをゆっくりと歩き、神父さんが待つ祭壇の前へと進む。

俺たち二人を見守っているのは、御堂やひなたやとばりといった俺の知り合いと俺の家族だけ。

人間と耳っ子の結婚は公に認められているわけではないから、そうなってしまうのも仕方がない。

でも、それでもかまわない。

世間一般に認められなくたって、俺はさちを愛している。

それほど多くはなくたって、俺たちを祝福してくれる人がいる。

それで充分だ。

神父さんが祈りの言葉を唱え、いよいよ誓いの言葉だ。

「結城潤よ。汝は、病める時も健やかなる時も、さちを妻とし、永遠に愛することを誓いますか?」

「はい、誓います。」

ただの言葉ではなく、まさに『誓い』

俺は、必ずさちを幸せにすると改めて心に刻み込んだ。

神父さんは優しげな笑みを浮かべ、俺に小さくうなずくと、次はさちに顔を向けた。

「では、さちよ。汝は、病める時も健やかなる時も、結城潤を夫とし、永遠に愛することを誓いますか?」

「はい、誓います。」

神父さんは俺にしたのと同じようにさちにうなずき、

「誓いの指輪の交換を。」

お互いが持っていた指輪を相手の左手の薬指にはめる。

さちの指にはめられたのは、もちろんあの時の指輪だ。

「それでは、誓いの口づけを。」

俺はさちの頭を覆っていた白く薄いヴェールを上げ、顔をゆっくりと近づけていく。

さちは顔を少し上に向け、瞳を閉ざしている。

人前でキスをするのは初めてだから緊張するな・・・

でも、ここはしっかりきめないと。

少しずつ俺とさちの距離が縮まっていく。

そして・・・

「ん・・・」

誰が発したのかはわからないが、わぁ・・・と小さな歓声が聞こえた。

この瞬間から、俺とさちは夫婦となった・・・





教会の入り口。

あとはブーケトスを残すのみ。

本日は晴天で南東からの弱い追い風と、何かを投げるには絶好のコンディションだ。

教会の子供たちに混じって目をきらきらと輝かせているひなた。

一見冷静そうではあるが実は計り知れない何かを隠していそうな雰囲気のとばり。

美和は普段どおりだが、御堂がやる気満々なのは何でだろう?

ブーケトスって、ある意味戦争なのかなぁ・・・?

「いきますよ。」

えい、という掛け声とともに、ブーケは空高く投げられた。

ブーケは風に乗ってゆっくりと空を舞い・・・

あ、御堂のところに落ちそう・・・

「よっしゃ! ゲットや!」

「させないわよ!」

しかし、とばりは御堂のすぐ前にポジションを取った。

ブーケはもう少しで手の届きそうなところまで落ちてきている。

「身長では俺が勝っとる! ブーケは俺のもんやぁ!」

「次はあたしがご主人様と結婚するんだから!」

二人が手を伸ばしたその時!

ひなたが御堂の背中に向かってジャンプ!

「わ〜い♪ とった〜〜♪」

ジャンプした勢いそのままに、御堂の頭を押さえつけるようにして高さを稼いだひなたは、見事に空中でブーケをキャッチしていた。

「そ、そんなぁ・・・」

「ひ、ひなたぁ・・・はぁ、しょうがないわね・・・」

御堂には悪いが、正直良かった・・・

もし御堂がとっていたら美和が危険な目にあっていたかもしれないからな。

しかし、ひなたが、か・・・

「ねえねえご主人様♪ これとったら結婚できるんだよね?」

「ん〜、まあ、そうだな。」

断言はできないけど・・・

「わ〜い♪ じゃあご主人様♪」

ひなたの瞳がさっきにも増してきらきらと輝きだした。

あ、やな予感・・・

「結婚しよ♪」

満面の笑顔でそういった。

やはりそうくるかぁ・・・

「いや、あのな、ひなた・・・」

俺が結婚についてしっかりと説明してやろうとすると、

「なあなあひなた〜・・・」

ゾンビのようにどよ〜んとした雰囲気を漂わせた御堂が割って入ってきた。

「ちょぉっとでええから、そのブーケ、俺に貸してくれへん?」

御堂の瞳が不気味にギラリと輝いた、ような気がした。

「おい、御堂・・・?」

なんていうか、魂胆みえみえだぞ・・・

「・・・やだ!」

その気配を感じ取ったのか、ていうか誰でも感じ取れそうだけど、ひなたは御堂から守るようにブーケを遠ざけた。

「ちょっとでええから〜〜・・・」

「やだーー!!」

なおもしつこい御堂についにひなたは逃げ出してしまった。

「ちょっとでええんやってーー!」

「やーーだーーー!!」

らしいといえばらしいんだけど、こういう時くらいはもう少しおとなしくして欲しいような・・・

でもまあいいか。なんだかさちは楽しそうだし。

俺は、楽しそうにわいわい騒ぐみんなを見ていたさちに声をかけた。

「なあ、さち。」

「なんですか? ご主人様。」

「いろいろと大変なこともあったけど、まずはハッピーエンドってとこかな。」

しかし、笑顔を見せたまま、さちはゆっくりと首を横に振った。

「ご主人様、それは違います。」

「え?」

同意してくれるとばかり思っていたことを否定されて、俺はちょっとうろたえてしまう。

しかし、次のさちの言葉でその意味がわかった。

「ハッピーエンドじゃありませんよ。ハッピーに終わりなんてないです。」

・・・なるほど、そういう考え方もありか。

「そうか、そうだな。」

そう、さちのいうとおりだ。

これで終わりじゃない。

これからも続いていくんだ。

ちょっと騒がしいけど、とっても楽しい時間は。

俺たちの、幸せな時間は。


ずっと・・・ずっと・・・


















































カラカラ・・・

ベランダへ続くガラス戸を開ける。

涼しい夜気が心地いい。

向こうに見えるのは、まだちらほらと明かりが灯っている街並み。

すぐ目の前には、月を見上げる最愛の人。

相変わらず月を見るのが好きだな。

思わず笑みがこぼれる。

でも、あまり長く寒いところにいるのも心配だな。

俺は大切な人の背中に声をかけた。

「月が好きなのはわかるけど、あまり長くいると風邪ひくぞ。」

「あ、すみません。でも、もうちょっとだけ・・・」

「じゃあ、もうちょっとだけだぞ。」

「はい。」

夜空へと目を戻したさちの隣に立ち、俺も同じように夜空を見上げる。

「あの時も、こうして月を眺めたっけなぁ。」

「そうですね。」

あの時・・・

学校の屋上で。

二人の気持ちが通じ合っていることを確かめられた。

あの時・・・

ペットショップの前で。

二人の想いをさらに近づけることができた。

「俺たちは、ずっと月に見守られていたのかもしれないな。」

「そうかもしれませんね。」

月があるから今の俺たちがあるのかもしれない。

だとしたら、月に感謝だな。

「これからも、ずっと見守っててほしいな。俺たちを。」

「そうですね。見守っててほしいです。わたしたちを。」

さちは視線を自分の腕へ下ろした。

それにつられるように、俺も首をそちらへ向ける。

「わたしたち、三人を・・・」

さちの腕に抱かれて眠っている、小さな赤ん坊へ。

それはまさしく奇跡といえるだろう。

本来、人間と耳っ子は異種族。

それなのに子供が生まれたのだから。

俺もまさか子供ができるなんて思ってなかったから、かなりびっくりした。

「三人、か。もしかしたらもっと増えるかもしれないけどな。」

冗談交じりの俺の言葉に、さちが恥ずかしそうに頬を染める。

「あ、あんまり多すぎると、お月様が大変になっちゃいますよ。」

照れ隠しの冗談に思わず笑いたくなるが、せっかくだからもうちょっといじめてみよう。

「いいじゃないか。お月様にはがんばってもらおう。
 と、その前に俺たちががんばらなくちゃいけないか。」

さちはますます赤くなってしまった。

ちょっとからかいすぎたかな?

俺は軽く咳払いをしてから再び月を見上げ、さちに話しかける。

「なあ、さち。」

さちはまだ頬を赤くしたまま、上目使いで俺を見た。

「これからもずっと、幸せでいような。」

さちは少し恥ずかしそうに、でも、とっても幸せそうな笑顔でこう答えた。

「・・・はい。」



俺に向けられたのは、たおやかな微笑み。



いつもと変わらない笑顔。



そう、いつもと変わらない。



いつまでも変わらない。





いつまでも・・・いつまでも・・・















 Never Ending Happy















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<あとがき>

ど〜もご機嫌ようです。
なにはともあれごめんなさい!!(土下座)
わかる人にはわかるでしょう。自分が何故謝っているのかが。
わからない人は・・・まあ気にしないってことで。
だ、だめですか? わかりました。説明しましょう。
実はですね。このSS中のさちのセリフ
「ハッピーエンドじゃありませんよ。ハッピーに終わりなんてないです。」
には由来があります。
まあ由来というか、ぶっちゃけ○○○なんですけどね。ごめんなさい!!(土下座)
『Silence 〜聖なる夜の鐘の中で〜』というPCゲームをご存知ですか?
桜沢さんが初めて原画担当をしたゲーム(のはず)です。
その中に赤木咲智(あかぎさち)という名前の女の子がいます。
もうおわかりですね? ええ、その子のセリフほぼそのまんまです!!(爆)
ファンの方には本当にごめんなさい。でも書きたくてしょうがなかったのです。
体験版をやり終えた瞬間、このSSを書くことを心に決めました。
そして、このセリフを使うことも当初からの決定事項でした。
だって、だって名前が!!(核爆)
そんなわけで、本当にごめんなさいです・・・(土下座)

しかしまあなんというか、このSSにはいろいろと思うところがありますね。
さっきも言いましたが、このSSは体験版終了時から考え始めたものです。
つまり、プロローグ部分しか見てないのに考え始めちゃったというわけですね。
そしていざ本編をやってみると・・・
予想通りのことが起きちゃったんですね・・・
このSSは、最初は結婚式のシーンで終わりにする予定でした。
しかし、某シナリオと見事にかぶってしまい、急遽そのあとの話を付け加えました。
予想はしてたんですよ。「こういう類の話なら結婚式とかやっちゃうかもしれないなぁ」と。
ひなたとの散歩のシーンで教会が出てきて、「ああもう決定だな」と。
そして、某シナリオのエンディング。まさに、「ああ終わったな・・・」って気分でした・・・(涙)
ふう、人生って、そうそううまくはいかないものですねぇ・・・(黄昏)

でもいいんです!
みんなが幸せでいてくれるなら、それで自分は本望です!!
嗚呼、幸せよ永遠なれ!!

強引にしめたところで、今回はこの辺で。
でわでわ〜♪

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

△戻る