M 様投稿作品








2月13日、金曜日の放課後。
時刻は3:30
場所は四つ葉学園B棟3Fの化学室。
いつもなら科学部が活動をしているはずなのだが、
今日は二人の男子と五人の女子、そして一人の女教師がいるだけだ。

「今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。」

本来なら教師が立つべき教壇の上にいるのは二人の男子。
一人は教壇中央で大真面目な顔で話し始めた土御門遙。
もう一人は教壇の端で楽しげにニヤついている若槻友人。

「明日が何の日か、わかっているとは思うが・・・」
「バレンタインデーだな♪」

遙の言葉を遮ったのは1年B組の愛田鉄太郎。
こんな名前でもれっきとした女の子である。
ジャージにスパッツという格好は、背が小さくて合う制服が無かったかららしい。
頭の白いリボンも相変わらずだ。
しかし、2月の中旬にそんな格好で寒くは無いのだろうか。

「そう、バレンタインデーだ。」

だが、遙はそんなことは意にも介さず続けた。

「バレンタインデーといえば、女子が気になる男子にチョコレートを送る日だ。
 よく製菓会社の陰謀だ、などということを聞くが、そんなことを気にする者はそういない。
 もちろん君たちもチョコレートを送ると思うが・・・」

遙はそこでいったん言葉を区切り、かけていたメガネを正すと、幾分目つきを鋭くして言った。

「それが、問題だ。」

六人の女子たちは一様にムッとした表情になる。
バレンタインデーでも学校にチョコを持ってくるな、と口では言う教師はいるが、
たいていは実際に持ってきてもお咎めなしということが多い。
それなのに、三年で生徒会長とはいえ、教師でもない遙にそんなことを言われては不愉快に感じて当然だろう。
ましてや、全生徒に言うのならまだしも、ここにいる六人だけとなっては不快感もひとしおだ。

「どうして、私たちは殿方にチョコレートを送ってはいけないのですか? はるか。」

真っ先に疑問を投げかけたのは、遙と同じく三年で生徒会副会長の芹沢葵。
遙(よう)をはるかと呼べる数少ない人物である。
不愉快であることは隠しきれていないが、それでもなお上品さがあるのはさすがお嬢様といったところか。
本人は、自分がお嬢様であることをあまり好ましく思ってはいないようだが。

「ボクの名を訓読みするのはやめてくれと、何度言ったらわかるんだい?」
「そんなことより、私の質問に答えてください。」
「そんなこと、か・・・」

遙は、何度言っても意味がないのは重々承知しているだろうが、
面と向かってそんなことと言われると少しショックのようだ。

「まあいい。若槻、例の物を。」
「ラジャー♪」

若槻はそう言うと、教卓の下からラジカセを取り出した。

「これは先日、若槻と高志君の会話を録音したものだ。」

カチッ

若槻が再生ボタンを押した。

『もうすぐバレンタインデーだな♪』
『えらく嬉しそうだな。』
『当たり前だろ? 女の子からチョコレートもらえるんだぞ♪』
『お前のことだから何十個ももらうんだろうな。』
『まぁな♪』
『オレは何個かな?』
『六個は間違いないだろ。』
『う〜ん、そうかぁ・・・』
『あんま嬉しそうじゃないな。』
『オレ、あんまし甘い物得意じゃないんだ。一個か二個くらいならいいんだけど、
 あんまり多いと、ちょっとな・・・』
『わがままなやつだな。もらえなくて嘆いてるやつもいるってのに。』
『しょうがないだろ。誰だって苦手な物はある。』
『お前の場合は甘い物、か。』
『そういうこった。』

カチッ

若槻が停止ボタンを押した。

「つまりは、こういうことだ。」

ラジカセからみんなへと向き直り、短く言った。

「なるほど。私たち六人全員が高志にチョコをあげると、高志が迷惑するってことね。」

省略された説明を付け足したのは白石若葉。
化学の教師で科学部の顧問でもある。
おっちょこちょいなところがあり、教師としての威厳はあまり感じられないが、
生徒にとっては親しみやすい先生である、とも言える。

「でも、だからってチョコをあげちゃいけないって言うのはあんまりじゃない?」

それでも不満の声を上げたのは佐伯こずえ。
高志の幼馴染で、明るく元気な女の子。
一度高志に告白しているが、現在保留中。
いい加減に高志から良い返事をもらいたくてやきもきしている。

「そう言うだろうと思って、準備はしてあるよ。」
「準備?」
「君たちには、高志君にチョコレートを贈る権利をかけて勝負をしてもらいたい。」
「勝負って、いったい何をするんですか?」

不安げに聞いてきたのは神崎夏樹。
一時は男の子として男子寮にいたこともある。しかも高志と相部屋だった。
しかし、女であることがバレ、現在は女子寮で暮らしている。
剣道部主将の眉墨が、夏樹が女であることを知った時、
修行の旅に出そうになったのを剣道部員が総動員で止めたりしたことがあったとかなかったとか。

「それは・・・」

若槻が、ラジカセと同じく教卓の下から巻物のように巻かれた紙を取り出した。
そして、黒板中央の一番高いところに紙の端についていた糸を引っ掛けると、

「これだ〜♪」

勢いよく巻かれた紙を開放した。
そこに書かれていたのは・・・










 バレンタインロワイアル in 四つ葉学園










「これって・・・?」

女子たちは何のことかわからずに固まった。

「説明しよう。」

遙は一つ咳払いをしてから説明に入る。

「バトルロワイアルという映画は、知っているかな?」
「バトルロワイアルって、中学生が無人島に連れて行かれて殺し合う、あれですか?」
「そう、それだ。」
「じゃ、じゃあ、もしかして・・・」

最悪の予想をしてしまい、顔を青ざめさせているのは塚原あい。
高志と若槻のクラスメイトだ。
勉強と料理は天才的だが、その反面、運動が苦手。
よく何もないところで転んでは高志に助けられている。

「大丈夫大丈夫。そんな物騒なやつじゃないから。」
「安全性なら考えてある。安心していいよ。」

二人の言葉に、あいは安堵のため息をついた。

「で、結局なんなの?」

早く説明して欲しいのか、若葉が先を促した。

「つまり、四つ葉学園の敷地内でバトルロワイアルと同じようなことをしてもらうのだが、
 少々ルールを変えてある。」

やはり教卓の下から出したのは紙風船。

「まず、頭に紙風船を付けてもらい、それを割られたら失格とする。」
「それなら安全ね。」
「範囲は四つ葉学園の敷地内。制限時間は六時まで。
 制限時間を越えても複数人残っていた場合は、全員がチョコレートを贈る権利を失うものとする。」

最後の言葉を聞き、女子たちを驚愕が襲う。

「えええっ!?」
「全員が!?」

このくらいの反応は予想していたのだろう。
遙はまったく動じず説明を続ける。

「そうでもしないと、ずっと隠れていたり逃げ回っていたりして、勝負にならなくなるかもしれないだろう?」

確かにそうでもしないと勝負にならないかもしれないが、女子たちはやはり納得しきれないようだ。

「とはいえ、逃げ回っていなくとも、うまく会えないこともある。
 その辺はこっちで調節するから心配ない。」
「色々なところに監視カメラを設置しておいたから、皆の動きはすぐわかるしね。」
「色々なところって・・・まさか・・・」

嫌な考えが頭をよぎり、若葉は若槻をじと目で睨んだ。
若槻は気づかないのか、笑ったままだった。

「女子更衣室やトイレには置いてないから大丈夫。ただし、それらの場所は立ち入り禁止になるけどね。」

この言葉に、女子たちはホッと一安心。

「それと、これから武器を決めるためのくじを引いてもらうけど、
 他の誰かから武器を奪って使用することもできる。
 それに、その場所にあるもので障害物やトラップを仕掛けることも可能だ。
 ただし、器物破損や傷害にならない程度でないと駄目だけどね。
 もちろん武器を使った直接攻撃も、必要以上に相手を傷つけることがないように気をつけること。
 そうそう、言い忘れたが、直接攻撃は武器でしかできないからね。
 自分の手や足で風船を割っても、相手は失格にならないので注意するように。
 失格になったら放送室まで来てね。ボクか若槻のどちらかはいるようにするから。」

一気に説明し、遙は一息つく。

「ルールはこんなところかな。」
「では、早速くじ引きと行きましょ〜♪」

若槻がくじの入った箱を取り出す。もちろん教卓の下から。
教卓の下は四次元なのか?と疑いたくなるが、気にしない方がいいのだろう。

くじ引きの結果、葵が1、こずえが2、若葉が3、あいが4、夏樹が5、鉄太郎が6を引いた。

「1を引いた人から順番に隣の準備室へ行って武器を受け取ってくれ。」
「はい。」

葵が返事をして、席を立つ。

「お、姫が1番ですか♪ こちらへどうぞ〜♪」
「この五分後に2を引いた人が、更に五分後に3を引いた人が武器を受け取り出発することになる。
 若槻、ボクは監視に行くから、こっちは頼んだよ。」
「りょうかい♪」

若槻は警官の敬礼のポーズを取ると、葵を引き連れ準備室に入っていった。



「これが姫の武器です♪」

若槻はそう言いながら、葵に『1』と書かれた布袋を差し出した。

「ありがとうございます。」

葵は礼を言いながら、若槻が差し出す袋を丁寧に両手で受け取る。

「応援してますから、頑張ってください♪」
「はい、ありがとうございます。」

葵は、若槻の応援の言葉ににっこりと微笑みを返すと、廊下へと続くドアに向かった。

「いってらっしゃ〜い♪」

右手を高々と上げ、ぶんぶん振っている若槻に軽く手を振ると、葵はドアを開き、戦場へと歩き出した。





3:40

人気のない廊下に私の足音だけが響いています。
まだまだ日は落ちてはいませんが、やはり無人の廊下というものは気味が良いものではありません。

「何が入っているのでしょう。」

私は、まず袋の中身を確かめることにしました。
わざわざくじを引かせたということは、武器にも色々種類があるということです。
少しでもその武器に合った戦い方と、相性の良い場所を探しておかなければなりません。
私は袋の口を閉ざしていた紐を解き、中に手を入れました。
中に入っているのは細長い直方体のようです。材質は厚紙でしょうか。
取り出してみると、そこには・・・

「サランラップ・・・」

私は目を丸くしてしまいました。
あまりの驚きに、ラップの箱の脇に書いてあった「燃やしてもダイオキシンが発生しません!」という言葉に、
このラップは環境に優しいのですね。と思ってしまうほどでした。

「いったい、どう戦えばいいのでしょうか?」

しばらく考える時間が必要なようです。
ゆっくり考えられる場所を探すため、私は再び歩き始めました。





3:45

若槻先輩から『2』と書かれた袋をもらって、私は準備室を出た。
先に芹沢先輩が出てるはずだから油断はできない。
周りを見渡し、芹沢先輩どころか人っ子一人いないことを確認し、ちょっとホッとする。

「どんな武器が入ってるんだろ?」

袋の紐を解いて、手を入れてみる。
拳くらいの大きさの丸っこい物が二つ入っていた。
でも、一つはごわごわした毛に覆われていて、短い紐みたいな物が付いている。
私は、紐をつまんで袋から出してみた。

「キャーーーーッ!!」

なんで? どして? どうなってるの?
あまりの出来事に混乱する私。
でも、しょうがないじゃない。
だって・・・ね、ねずみが入ってたんだも〜〜ん・・・
私は恐る恐る床に放り出してしまったねずみに近づいた。
ねずみは一向に動く気配を見せない。
死んでるのかな? 思った瞬間に気づいた。

「これ、おもちゃだ」

すごく本物そっくりに作ってあるからびっくりしちゃった。
でも逆に言えば、これをいきなり人に見せたらびっくりするよね。
そしたら驚いてる隙に・・・♪

「もう一つは何かしら?」

袋の中に入っているもう一つの物を取り出した。

「これって・・・そっか、なるほどね♪」

私は落ちていたねずみのおもちゃを拾い上げると、うきうきしながら歩き始めた。
最初は誰をびっくりさせようかな♪





3:50

私は準備室から出ると、周りを確認した。
さっきすごい悲鳴が聞こえたけど、特に異常は無い。

「何だってこんな面倒なこと考えるのかしらねぇ。
 わざわざこんな物まで用意して・・・」

若槻から渡された『3』と書かれた袋をしげしげと眺める。
この中にどんな武器が入っていることやら。
私は袋の紐を解いて、中に入っている物を取り出した。

「水鉄砲?」

出てきたのは水鉄砲。
それも、何メートルも飛ぶエアーウォーターガンとかじゃなくて、昔懐かしのちゃっちいやつ。

「これでどうしろっての?」

せめてもっと射程が長いやつなら相手をひるませることくらいできるけど・・・

「あれ? これってもしかして・・・」

私はあることに気づき、水鉄砲を凝視した。

「ふ〜ん、確かにこれなら武器になるかもね。」

思ったよりも面白くなりそうね。
面倒な気持ちはすでに無く、私はわくわくしながら歩を進めていった。





3:52  A棟4F 3年A組の教室

「やはり、慣れ親しんだ場所は落ち着きますね。」

いつもの教室、いつもの席、いつもの景色・・・
いつもと違うところがあるとすれば、それは誰もいないことでしょうか。
教室にも、廊下にも、本来ならクラブ活動を行っているはずのグラウンドにも・・・
おそらく、はるかが人払いをしたのでしょう。どうしてそこまでするかはわかりませんが。

私は、自分の教室にいました。
若槻さんから渡された武器の使い方を考えるために。
ですが、いい考えは何も浮かびません。

「サランラップで、どう戦えと言うのでしょうか・・・?」

棒状なので、直接叩くことも可能ではありますが、
他の人がもっと長い武器を持っていたり、遠距離から攻撃できる物を持っていた場合、勝ち目はありません。

「もっと別の使い方は・・・」

ひらめきました。
はるかがこれを用意したのなら、充分戦える物であるということを意味しています。
そして、その方法ははるか自身が言葉にしていました。

「試してみましょう。」

私は立ち上がり、教室を出ました。
うまくいくといいのですが・・・





3:55

準備室のドアから顔だけ出して辺りを見回し、何も無いことを確かめた後、あたしはゆっくりと準備室を出た。
さっきのすごい悲鳴、多分こずえちゃんだと思うけど、大丈夫かな?

「それとも、もしかすると・・・」

あたしの脳裏に、何かとてつもなく恐ろしい武器を手にした芹沢先輩に襲われるこずえちゃんが浮かんだ。

ぶんぶんぶん・・・

あたしは頭を振って、その怖い考えを振り払った。

「そんなこと無いよね。芹沢先輩、優しいし・・・」

でも、あたしには確かめるすべは無い。
気を紛らわそうと、『4』と書かれた袋を開けてみる。
中から出てきたのは・・・

「えっと、これって、ぴろぴろ笛、だよね・・・?」

お祭りの出店でお面とかと一緒に売られてたりする、ふーって吹くとピーッて音がして先についてる丸まった紙が伸びるおもちゃ。

「これって・・・武器・・・?」

あたしの頭の上にたくさんの『?』が表れては消えていった。
はっ! もしかして、あたし!!

「ハズレを引いちゃった!?」

他のみんなはとっても強い武器を持っていて、あたしだけハズレ・・・

「・・・・・」

あたしは、すごく怖い武器を持ってこっちを睨んでいる皆を想像してしまった。

がくがくぶるぶる・・・
こ、こわいよ〜〜・・・

「ど、どうしよう・・・」

どうすればいいかまったくわからない。
でも、こんな所にいつまでもいたら次の人が出てきちゃう。
とにかくあたしは、すぐにここから離れることにした。

どうか、誰にも会いませんように・・・





3;59  A棟4F 廊下西側

私は無人の廊下を歩いていた。
先に出た芹沢先輩も、後から出ただろう三人目、四人目にも会わない。
まあ、正面からばったりっていうのも困るけど・・・

「あ〜あ、早くこのねずみ、試したいのになぁ〜」

つぶやきながら廊下の角を曲がると、少し先の教室の入り口に芹沢先輩がいた。
芹沢先輩は足元を見ながら軽く頷くと、教室の奥へと消えた。

「チャンス♪」

芹沢先輩が何をしていたかは気になるけど、このチャンスを逃す手はない。
私は気づかれないようにそっと教室の入り口に近づき、ねずみのおもちゃを置いた。

芹沢先輩はまだ気づいていない。

私は、ねずみのおもちゃと一緒に袋に入っていたもう一つの物、
コントローラーのアンテナを伸ばし、操作スティックを前に倒した。

チューチュー

ねずみは鳴き声とともに、芹沢先輩に向かって走り出す。
そう、このねずみは、ただねずみの形をしただけのおもちゃじゃなくて、リモートコントロールねずみだった。

「きゃっ!!」

芹沢先輩はねずみを目にしてあげる悲鳴にもどことなくかわいらしさがあるということを知り、
なんだかちょっと悔しい気持ちになりながら、私は教室へ飛び込んだ。

芹沢先輩は驚いて動けない。
いける!!

私は握っていたコントローラーで芹沢先輩の紙風船を割ろうと、思いっきり振り上げたところで・・・
足が止まった。
正確には、何かに引っかかった。

「な! なんで!?」

教室の入り口から芹沢先輩の立っていた位置までは何もなかったはず。
私は自分の足を見た。
教室の壁と机の間に固定された、透明な細い帯状のものが引っかかっている。
すでに体勢は立て直せない。

「キャアッ!!」

本日二回目の悲鳴。
何で私の悲鳴は芹沢先輩みたいにかわいくないんだろうとか思ってるうちに完全に倒れる。

「いたたた・・・」

ひざを軽く打ったみたいだけど、たいしたことはなさそう。
体を起こそうとすると・・・

「・・・・・」

思いっきり目が合った。
驚きから立ち直れていないのか、芹沢先輩は呆然と私を見ている。
一瞬どうしたらいいかわからなかったけど、私はねずみをつかむとすぐに立ち上がった。

私の動きで我を取り戻したのか、芹沢先輩は少し後ずさる。
その右手にはサランラップの箱が握られていた。

「そういうことね・・・」

足に引っかかった物の正体は分かった。
けど、真っ向勝負は無理。
そう判断した私はくるりと振り向くと、足を引っ掛けてしまったサランラップを飛び越え、教室から走り去った。

トラップを仕掛けるのはありって聞いたけど、あんなのもあるなんて・・・
気をつけなくちゃ・・・





4:00

ボクは、あまり音がしないようゆっくりと準備室のドアを閉め、近くに誰かいないか気配を探りました。

「・・・・・」

特に何の気配も感じません。この近くには誰もいないようです。
ボクに感じ取らせないくらい気配を消せる人も世の中にはいるでしょうが、
参加者の中でそれができるのは鉄太郎さんくらいだと思います。

ボクはまず、袋の中身を確かめることにしました。
袋の口を閉ざしている紐を解き、中に入っていた物を出してみます。
黒いプラスチック製の箱でした。
ふたは透明でスライド式です。
その中に見える物は・・・

「トランプ?」

何度かやったことはあるので、どういう物なのかは分かります。
しかし、どうしてこれが武器なのでしょうか?

ボクはふたを開け、中のカードを取り出しました。
中に入っていたのは、スペードのエース、同じく10、ジャック、クイーン、キングでした。
確かポーカーという遊びのロイヤル・・・何とかだったと思います。

少しの間カードをいじっているうちに、ボクは気づきました。

「このカード、普通のトランプより厚みがあるような・・・」

しかも材質は紙ではないようです。プラスチックでしょうか。すごく丈夫です。
そういえば、この前テレビに、トランプを投げて物を切る、という特技を持った人が出ていたような・・・

「そういうことなのでしょうか?」

それができればすごい武器になりそうですが、ボクにできるでしょうか?
わかりませんが、やらなければやられるだけです。
ボクは覚悟を決めると、他の人を探すため、歩き出しました。





4:03  B棟2F 廊下東側

ピチョン・・・
びくっ!!

あたしはびっくりして音のしたほうを振り向いた。

「な、なんだ。水の音・・・」

少し神経が過敏になってるみたい。
でも、それも仕方がない。
ただでさえあたしは他の人よりとろいのに、今持っているのは何の役にもたたないぴろぴろ笛だけ。

「これじゃあ、すぐにやられちゃうよぉ・・・」

はぁ〜〜、どうしよぉ〜〜・・・
とぼとぼと歩き、廊下の角を曲がろうとした時、突然目の前に若葉先生が現れた。

あたしが再びびっくりしていると、若葉先生は水鉄砲をあたしに向けた。

「試させてもらうわよ!」

若葉先生はそう言うと、あたしの左足に水鉄砲を発射した。

ビチャッ!

普通の水をかけられたときとは違う、粘っこい音。
でも、その音は間違いではなく、実際にその液体はねばねばしていた。

「え? あ? ええ?」

あたしは必死に左足を動かそうとしたけど、
その液体はねちょねちょと絡みつき、左足を完全に廊下にくっつけていた。

「やっぱり、ね。」

若葉先生は水鉄砲を見ながらそうつぶやいて、楽しそうな笑顔になった。
そして、その笑顔をあたしに向けると、

「悪いけど、その紙風船、割らせてもらうわよ。」

あたしにとって、とても楽しくないことを言った。

「そ、そんなぁ・・・」

あたしは目に涙を浮かべたけど、

「この世は弱肉強食なのよ。」

先生の意地悪!
あたしは半ばやけになって左足を動かした。
すると・・・

スポッ
「きゃあ!」
ドスンッ!

いきなり抵抗がなくなり、あたしは尻餅をついた。
どうやらねばねばした液体が付いたのは上履きだけだったみたい。
上履きを脱げばよかったんだと今更気づき、ちょっと恥ずかしくなった。

だけど、あまり恥ずかしがってもいられない。
あたしはすぐに立ち上がると、後ろを向いて全力で駆け出した。

「あ! こら! 待ちなさーーい!!」

若葉先生が追ってくる。当たり前だけど・・・
足音で分かるけど、だんだん追いつかれてる〜〜
ど〜しよ〜・・・あっ!

ドテッ!

転んじゃった。何もない所で・・・

「あ!? もう、大丈夫?」
「あ、えと、はい、大丈夫です・・・」

若葉先生が起こしてくれた。
先生って本当は優しいのかな・・・?

「「あ!」」

あたしたちは同時に気づいた。こんなことしてる場合じゃないことに。
あたしは先生に背を向けると、再び走り出した。

「助けてあげたんだから、紙風船割らせろーーー!!」

どこまで逃げればいいのーーー!?





4:05

ふっふっふ・・・
とうとう真打登場ですな!

バターーーン!!

準備室のドアをこれでもかというくらい勢いよく開け、おいらは廊下に飛び出した。
きょろきょろと辺りを見回すが、誰もいない。

無造作に紐を解いて、袋に手を突っ込む。
出てきたのはピコピコハンマーだ。
軽く素振りをしてみる。
うん。悪くない。

「愛田鉄太郎!! いっきまーーーーーす!!」

おいらは叫ぶと走り出した。
どこに誰がいるかはわからないけど、そのうち誰かに会えるだろ。
わくわくするな♪





4;08 A棟1F 放送室(改)

ガチャッ

放送室のドアが開き、若槻が入ってきた。

「どうっすか?」

いつもなら存在しないいくつものモニターを見て、若槻が言った。

「今のところ、脱落者はいないよ。」
「そっすか。ま、あんまり早く終わっちゃ面白くないですけどね♪」

放送室は完全に改造されていた。
普段なら何もないはずの壁一面に、びっしりとモニターが並び、
そこから何本ものコードが学校中のいたるところにつながっている。
カメラでとらえた映像はリアルタイムでモニターに映し出され、全てビデオに納められている。
これで不正行為は完全に防がれ、微妙な判定も下しやすくなるというものだ。

ただ、音も全部拾ってしまうため、状況はわかりやすくなるかもしれないが、
複数の場所で同時に戦闘が始まると、少しうるさくなる可能性もあるが。

「さて、誰が残るだろうね。」
「やっぱり鉄っちんとか夏樹ちゃんじゃないですか? 普通に強いし。
 先輩は誰が残ると思います?」
「できる限り公平になるようにはしたから、誰が残っても不思議じゃないとは思うけど。」

足を組み替え、頬杖をつく。

「まあ、ゆっくりと見物することにしよう。」





4:16 A棟1F 昇降口

タッタッタッ・・・

響く靴音は一つ。
さっきまで前を走っていた人影は今はなく。
どこかを走っているような足音もしない。

「逃げられちゃったみたいね。」

遠くまで逃げたか。それとも音を消して隠れているか。
どっちにしても、探すのは容易じゃないわね。

「ふぅ・・・」

私は足を止めて、ため息をついた。
運動不足かしら。ちょっと走っただけで疲れるなんて。
まあ、普段の仕事の疲れもたまっているのかもしれないけど。

どこかゆっくり休めるところを探そうと、歩き出そうとしたその時・・・

ヒュン・・・ガッ!

何かが頭を掠め、壁にぶつかった。
落ちた物は・・・トランプ?
普通のトランプとはちょっと違うみたいだけど。

私はとっさにトランプが飛んできた方向を見た。
その人物は近くにあった下駄箱の陰にさっと隠れるが、
間違いない。一瞬見えた姿は神崎夏樹。

「やっかいなことになったわね・・・」

私は反対側の下駄箱に身を隠しながらつぶやいた。
この戦いで有利なのは、愛田鉄太郎と神崎夏樹の二人。
どんなにすごい武器を手に入れたとしても、結局は扱う人間の能力が充分なければ意味がないから。
身体能力が尋常でないこの二人を、片方とはいえ、真っ向から相手にするのは無茶もいいところ。
ましてや、相手の武器は攻撃力がありすぎる。

「ここは、逃げを考える方が無難ね。」

といっても、へたに背を向けるわけにはいかない。
どうにか動きを止めないと。

私は水鉄砲を構えなおすと、下駄箱の角から用心深く向こうを覗いた。
誰もいない。音もしない。
あっちも用心して動いていないのか?
いや、剣道部の主将を負かすほどの達人だから、音も気配もなく移動しているかもしれない。

私は、下駄箱の反対側の角から様子を見ようと思い、振り返った瞬間、

「覚悟っ!!」

その声に反射的に水鉄砲を向けるが、

ヒュルンッ!

飛んできたトランプにはじかれる。

まずい!

落ちた水鉄砲に向かって跳び、手を伸ばす。

ヒュッ!

紙風船の上をトランプが通る。

水鉄砲を拾い、相手に向ける。

次のトランプが放たれようとした時。

ピューーーーー

水鉄砲から粘っこい液体が迸った。

初撃は横に動かれ回避される。

しかし、後を追うように第二射、第三射と連射する。

それほど離れていなかったからか、左肩から胸にかけてべっちゃりとヒット。

「ひううっ!? な、なんですか!? これは!?」

思いっきり動揺している隙に逃亡開始。

「あっ!? ま、まってください!! これ、何なんですか〜〜!?」

知ってたらこっちが教えて欲しいわ。
まあ、安全性は考えてあるって言ってたから、そんなにやばいものじゃないでしょ。

私は手近にあった階段を二階分駆け上がった。
さっき走ったばっかりでろくに休憩もできなかったからさすがにしんどい。
どっかで休まないと持たないわ。

なのに、今日は厄日かしら? と思わせる状況に・・・
廊下の角からひょっこり現れたのは愛田鉄太郎。

「お、獲物発見♪」

私は苦い表情で水鉄砲を向けるが、
相手はそんなことまったく気にせずにピコピコハンマーを構えてつっこんでくる。

こういうやつは体に当てても動じないわね。
だったら、動きを直接止めるしかない。
私は足元めがけて水鉄砲を発射した。
しかし・・・

「とうっ!!」

威勢のいい掛け声とともに、やつの小さい体は宙に浮いた。
走り幅跳びのような姿勢のまま迸る液の上を通り、
私の横を通過する瞬間にピコピコハンマーが私の頭のすぐ上を通過した。

パンッ!

私は一瞬何が起こったか分からず呆然としてしまったが、
やつの、

「ブイッ♪」

という勝利の声で我を取り戻した。
そして、次の瞬間にはへなへなと座り込んでしまう。

「勝ち残るどころか、誰一人として仕留められないなんて・・・あ〜あ、やってられないわ。」

完全に脱力して、立ち上がる気力もわかない私の肩をちょんちょんとつつくやからがいた。
振り返ると、満面の笑顔を浮かべるちっこいやつが言った。

「武器くれ♪」

簡潔であるがゆえに余計にむかついたけど、今は疲れの方が勝ち、気が抜けた。

「はいこれ。」

私は素直に水鉄砲を渡す。

「お〜、水鉄砲だ。ちっちゃい頃よく遊んだな〜♪」

今でも充分ちっちゃいでしょ。と、心の中だけでつっこんでおく。

「変なのが出てくるぞ〜♪ おもしろ〜い♪」

あ〜あ〜、ところかまわず撃ちまくって。
それじゃいざって時に武器として使えなくなるわよ。とか、
掃除するのが大変になるでしょ。とか、いろいろ言おうかと思ったけど、
もうそれすらもだるい。

早いとこゆっくり休も。





4:25 A棟1F 保健室

ピンポンパンポ〜〜ン

『業務連絡、業務連絡♪』
『いちいちボケなくていいよ。』
『え〜? でもせっかくですし・・・』
『わかった。ボクがやるよ。
 白石若葉失格。残り五名。』
『頑張ってね〜♪』

ピンポンパンポ〜〜ン

「若葉先生。脱落しちゃったんだ・・・」

あたしは保健室の一番奥にあるベッドに腰掛けた状態でこの放送を聞いた。
ここならベッド一つ一つがカーテンで仕切れるから見つかりにくい。
あまり長く隠れてると反則になっちゃうかもしれないけど・・・

でも、どうしようもないよね。持ってる武器がこれだもん・・・
あたしは、ずっと右手に握っていたぴろぴろ笛を見た。

「ちっちゃいころ、お祭りに行った時に買ってもらったことあったっけ・・・」

今は過去に思いを馳せている時じゃないことは分かっているけど、あたしは何気なくその笛を吹いてみた。

ピーーーッ

音と共に丸まっていた紙が伸びる。
懐かしいなぁと思っていると・・・

あれ? 伸びた紙の先から何か出てる?

白っぽい、もやもやした気体。
なんだろう?
ちょっとにおいをかいでみる。

クラッ

吸い込んだとたん、頭がふらふらしてなんだか眠く・・・
はっ!?

ぶんぶんぶん!

頭を勢いよく振って眠気を覚ます。
もしかして、これって・・・催眠ガス?

もう一回吹いてみる。

ピーーーッ

またガスが出た。
こういう武器だったんだ。

何でこんなにわかりづらいの〜〜?
最初からわかってたらもうちょっとどうにかできたのに・・・

とにかく、わかったからには行かなくちゃ。
勝たなくちゃ芳野君にチョコを渡せない。
勝って、芳野君に、芳野君に!!

がんばれ! あい!

あたしはベッドから立ち上がり、保健室を後にした。





4:35 A棟1F 東側

とぼとぼ・・・虚しい・・・

あれから誰にも会わず、私は一人でうろうろしていた。
いや、誰にも会えず、と言った方が正しいかもしれない。

そもそも、こんなに広い学校でこんなことしようとするのが間違いじゃない?
マンモス校なんて呼ばれるくらい広いのよ、ここは。
たったの六人で、それも制限時間つきなんて、何考えてんのかしら。

ぶつくさ文句を言いながら歩いていると、十メートルほど先の保健室のドアがゆっくりと開き始めた。
私は慌てて物陰に隠れる。

中から顔を出したのはあい先輩。
しきりにきょろきょろしている。
さっき若葉先生脱落の放送があったから、警戒するのも無理はないけど。

辺りには誰もいないと思ったのか、保健室から出てドアを閉める。
その顔にはいつものほんわかのんびりした雰囲気はなく、
何かを決意したような、きりりと引き締まった表情になっている。

とはいっても、あい先輩はあい先輩。
きっと上手く引っかかってくれるだろうと思い、私はねずみをセットした。

あい先輩、ごめんね。でも高志だけは譲れないの。

私はコントローラーを握り、ねずみを発進させた。

チューチュー、チュー

きっとすごい悲鳴を上げて、もしかしたら気絶までしちゃったりして。
なんてことを考えていたけど・・・あれ? おかしいな?
いつまでたっても悲鳴すら聞こえない。
少しだけ顔を出して様子を見てみる。

あ、固まってる。

すでに足元近くまで達したねずみを、こわばった表情でひたすら凝視している。
よく見ると、わずかに震えているような・・・

チュー

ねずみが一声鳴くと同時に、あい先輩の目は軽く見開かれ、口が少し開いた。
どうなるだろうとドキドキしていると、突然

「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

耳が痛くなるほどのすさまじい悲鳴をあげながら私の目の前を通り過ぎ、
あい先輩はどこかへ走り去ってしまった。
いつも小さめの声でしゃべるあい先輩からは想像もできない大音量に、ただただ呆然とする私。

結局、成功したのは驚かすことだけで、紙風船は割れずじまい。
最初は面白いかなと思ったけど、意外と使えないかも。このねずみ。





4:38 B棟 西階段

なんで!? どうして!? あたしばっかりこんな目にあうのーーー!?

あたしは走っていた。ひたすらに走っていた。
だって、止まるとねずみに追いつかれそうなんだもーーん!!
後ろにいるかどうかはわからないけど、止まることがすごく怖い・・・

はぁ・・・はぁ・・・

息も絶え絶えに階段を登る。
三階まで来たけど疲れてもう登れない。

あたしはA棟への渡り廊下に行こうと角を曲がったところで・・・

ドテッ

転んじゃった・・・また何もないところで・・・あれ? 何かある?
あたしは足に何か引っかかっているのを感じて足元を見た。
透明な紐みたいなものが引っかかっている。

なに、これ?

よくわからないけど、とにかく外そうとしたところに、芹沢先輩が現れた。

「申し訳ありませんが、あなたの紙風船を割らせていただきますね。」

いつもの微笑みといつもの丁寧な口調だったから、一瞬何を言っているのかわからなかった。
ただ、芹沢先輩がサランラップの箱を持っていたから、
ああ、あたしの足に引っかかったのはサランラップだったんだ。と思った。

「ではいきますよ。」

サランラップの箱が振り上げられた。
ここでやっと自分がピンチだと気づく。
ど、どうしよう・・・?

「えいっ!」

今ひとつ力が入らなさそうな掛け声とともに、サランラップの箱が振り下ろされる。

あ、危ない!!

あたしはなんとか腕でガードする。
でも、箱は二度三度と振り下ろされ、このままじゃ・・・
あたしは右手に持っていたぴろぴろ笛を口に当て、芹沢先輩に向けると力いっぱい吹いた。

ピーーーーーッ!





4:40 B棟 西渡り廊下

罠にかかった塚原さんへ、私は幾度もサランラップの箱を振り下ろしました。
しかし、そのことごとくを防がれます。
どうにかして防御の隙間をつけたらいいのですが・・・と思っていると、

ピーーーーーッ!

塚原さんが笛を吹きました。
笛の先の丸まっていた部分が、私に向かって伸びてきます。
突然のことに戸惑っていると、伸びた先端から白い煙のような物が出てきました。
その煙のような物は私の頭を包み込み、私はだんだんと眠く・・・

このままでは・・・

私は、塚原さんの方へと倒れこむと同時に、サランラップの箱を・・・





4:45 A棟 西階段

ピンポンパンポ〜ン

『迷子のお知らせを♪』
『しなくていいよ。』
『はい・・・』
『塚原あい失格。残り四名。』

ピンポンパンポ〜ン

あい先輩を追って階段を登っている途中で、私はこの放送を聞いた。

「あい先輩、失格しちゃったんだ。」

すごい勢いで走っていったから、どこかで転んでその隙をつかれたのかな。
もしくは芹沢先輩のトラップに引っかかったとか。

なんにせよ、あい先輩がまだその場に残っていれば、誰にどんな風にやられたのか聞くことができる。。
そうすれば今後の戦いを少しは有利にできるかもしれない。

そう思いながら階段を登っていると、階段の窓から渡り廊下の窓の所にあい先輩が立っているのが見えた。

「やった♪」

私は階段を駆け上がり、渡り廊下への角を曲がって・・・驚いた。

「せ、芹沢先輩!?」

芹沢先輩が倒れてる!? あい先輩がおろおろしてる!?
なに!? なにがあったの!?

「こ、こすえちゃん?」

私は、私の声に振り返ったあい先輩に駆け寄った。

「あい先輩!! 芹沢先輩、どうしちゃったんですか!?」

もしかして、どこか怪我を!?

「あ、うん、あのね・・・」


あい先輩から簡単に事情を聞いた。


「じゃあ、眠ってるだけ?」
「うん。」
「な〜んだ。よかった〜〜」

怪我とかじゃなくて本当に良かった。
でも・・・あれ? ちょっと待って。この状況って・・・

私の耳に悪魔のささやきが聞こえたような気がした。

「ねえ、あい先輩。」
「なに? こずえちゃん。」

言うかやめようか迷ったけど、私は悪魔の誘惑に抗いきることができなかった。

「今、芹沢先輩の紙風船を割るのって、いいと思う?」
「え?」

あい先輩は少し考えた後、ためらいながら口を開いた。

「ちょっとずるいかもしれないけど、でも・・・」

続きは言葉にはならなかったけど、私に向けられた目には答えがあった。

「・・・うん。」

私は軽く深呼吸をして、迷っている心を落ち着かせた。
そして・・・

「芹沢先輩、ごめんなさい!」





4:47 A棟2F 1年B組教室

ピンポンパンポ〜ン

『1番線に、電車が・・・』
『参らないよ。』
『先輩がやってるのは、すでにツッコミじゃなくてボケつぶしですよ・・・』
『ボクは君と漫才をする気はないからね。そういうことは高志君に頼んだらどうだい?』
『高志ーーー!!』
『さてと、芹沢葵失格。残り三名。』

ピンポンパンポ〜ン

「もう半分になってしまったのですね・・・」

開始直後には今ひとつ実感できませんでしたが、
ボクたちがやっていることは戦いであり、蹴落とし合いだということなのですね。
危機感が襲ってきます。

しかし、今それ以上に脅威なのは、

「まだねちょねちょしてます〜〜」

制服に付けられた謎の液体です。
ハンカチやティッシュで拭こうとしても、ねちょねちょするばかりで全然拭き取れません。
時間が経っても、いっこうに乾く気配すら見せません。
それどころか徐々に勢力範囲を拡大させているように思えます。
中にまでしみ込み、下着までねちょねちょしているような感覚すらあります。
このままでは気になって戦いに集中できません。

ボクは自分の席においてある、自分のバッグのチャックを開けました。
幸い、今日は体育の授業があったので体操着やジャージが入っています。

胸のリボンを解き、上着を脱ぎます。
脱いだ上着を机の上に置きます。
やはり胸の所にべっとりと謎の液体が付着しています。
もはやクリーニングに出すしかないでしょう。
明日、明後日は学園はお休みですが、その間にきれいになってくれるでしょうか?

次に、ワイシャツのボタンに手をかけます。
上着ほどではありませんが、少しべとべとしています。
こちらは洗濯すればどうにかなるかもしれません。
どうにかならないと困りますが・・・

ワイシャツは簡単にたたみ、上着の横に置きます。
下着は・・・まったくの無事とは言えませんが、どうにか大丈夫です。

体操着を出そうとバッグに手を入れたところで、急に後ろから声をかけられました。

「おっす♪」
「ひうっ!?」

ボクは驚きの声を上げました。
なぜなら、まったく気配を感じさせなかったからです。
いくら着替えに気を取られていたからといっても、
ボクに気配を悟られずに近づける者は、学園広しといえど一人だけでしょう。
いえ、決してボクがそれほどの実力者であるというわけではありませんが。
むしろボクは未熟者です・・・ぐすっ

それはともかく、かなりまずい状況です。
ボクの上半身は下着一枚だけです。
そして、この人物はボクの着替えを黙って待ってくれるとは・・・

「着替え中か?」
「は、はい・・・」

なにやら、「ん〜〜」と考えているようです。
もしかしたら待ってくれるかも・・・

「てことは、絶好のチャンスということかな♪」

逃げます!

敵前逃亡はかっこいいものではありませんが、時と場合にもよります。
ボクはバッグをつかむと、走り出しました。

「お! 待てーー!!」

待てといわれて待つやつはいない。という言葉をどこかで聞いたことがありますが、まさにその通りです。
この状況下で待ったりしたら、それ即ち死・・・じゃなくて、失格を意味します。

ボクは教室を出て、廊下をひたすらに走りました。
しかし、簡単に逃がしてもらえそうもありません。
後ろから追ってくる足音が聞こえます。

「む〜〜、これでもくらえーーー!!」

その声が聞こえた次の瞬間、ボクの脇の壁にべちゃっと嫌な音を立てて、あの液体が飛び散りました。

「ひううっ!? な、なんでそれを持ってるんですかーーー!?」
「もらったーーー!」

この恐怖の液体はどこまでボクを苦しめれば気がすむのでしょうか・・・?





5:05 B棟1F 廊下西側

「う〜〜む、見失ったか・・・」

相手は走りやすい状態ではなかったのに、おいらもまだまだだな。
あえて敗因を挙げるとすれば、水鉄砲を撃ちまくったせいか。
変な水を床にばら撒いたせいで自分が走りにくくなってしまった。

「さて、どうしたものか・・・な?」

体育館への通路のドアが中途半端に開いてる。
もしやここから?

「レッツゴー♪」

おいらはゆっくりと閉まりかけていたドアを力いっぱい押し開けて駆け出した。
校舎の中は照明があったからずいぶん明るかったけど、太陽はだいぶ西に沈みかけている。

今日の夕焼けはすごくきれいだな♪

ついつい見とれてしまったが、今はそんなことしている時ではなかった。
止めてしまった足を再び動かし、体育館へと突っ走る。

開きっぱなしになっていた扉から中に飛び込み、中を見回すと、おいらの目は見開かれた。

「おおおおお〜〜〜〜・・・」

そこには、直前まで部活をやっていたかのように、
ボールの入った籠やバレーボールとバドミントンのネット、
さらには、普段使ってないんじゃないかと思うような跳び箱やらマットまできれいに並べられていた。
煌々と降り注ぐ照明に浮かび上がったそれらは、まるで「使ってくれ」とおいらに訴えているようだった。

おいらの中に眠っているアスリートの魂がうずきだし、止めることはできなかった。

「鉄太郎!! いっきまーーす♪」

大きな声で誰にともなく宣言し、おいらは手近な跳び箱に向かって一気に加速する。

バンッ!!

踏み切り板からおいらの足が離れる。
跳び箱には手をつかず、ひねりを加えて宙返り。
次の瞬間にはマットに足をつき、無事着地。
浮遊感は一瞬だけど、だからこそ気持ちいい♪

どこからともなく、「10点、10点、10点・・・」という声が聞こえてきたような気がした。
今は気のせいかもしれないが、いつか現実になるといいな♪

いや、いいな♪ではなく現実にせねば!!

おいらが新たな誓いを胸に刻んでいた時、背後から何かが飛来する微かな音が聞こえた。
嫌な予感がして、とっさに横に跳ぶ。
直後、おいらの頭があった位置を何かが通り過ぎた。

何かが飛んできた方向を見る。
そこには、体育用具室の扉の陰からこっちを見ている夏樹の姿があった。
すでに着替えは終えているようだ。

おいらは油断無く右手のピコピコハンマーと左手の水鉄砲を構え、戦闘体勢をとる。

どんな武器を持っているかわからない。
安易に動いていい相手ではない。
だけど、のんびりもしていられない。
相手もまたこっちの出方を伺っているのか。動こうとする様子は無い。

覚悟を決めるか。

おいらは前傾姿勢をとり、夏樹めがけて真っ直ぐに走り出した。

夏樹は右手に持った何かを投げようとするが、結局投げずに体育用具室から出て、横に走る。

姿勢を保ったまま夏樹を追う。

敷かれていたマットを飛び越えるべく跳躍する。

その瞬間を狙って夏樹の右手が振るわれる。

真正面から飛んで来た物を右手の武器ではじく。

さらに加速した夏樹がおいらの視界を横に流れる。

体育館の真ん中を中心として円を描くような動き。
どうやら夏樹は距離をとりたいらしい。
ということは、夏樹は接近戦用の武器を持っていないか、あるいはここぞという時のために温存しているか。

どちらにせよ臆している時間はない。

夏樹がバレーボール用ネットの向こう側を通る。

そのネットの下をくぐり、夏樹に近づこうとする。

くぐる瞬間に三発目が投げられる。

ネットをの下を抜けると同時に跳躍し、かわす。

今度のジャンプは高め。

バドミントン用のネットを張っているポールに着地。

そのまま止まらず夏樹へと急降下。

大上段からハンマーを振り下ろす。

夏樹がヘッドスライディングで最初に投げた物に飛びつく。

その動きでおいらの攻撃はかわされる。

夏樹は腹ばいのまま顔だけこっちに向け、最初に投げた物を投げる。

右手は振り切った状態からすぐには動かない。

左手の水鉄砲を飛んで来る物に向け、引き金を引く。

水は当たり、はじけ、包み込んで落ちる。

その間に夏樹は立ち上がり、二発目に投げた物へと走る。

今度はおいらの位置から見て、横ではなく縦の動き。

おいらは後を追いながら水鉄砲を発射・・・

できなかった。

すでに水鉄砲の中に水は入っていなかった。

廊下で調子に乗って撃ち過ぎた。

だが、後悔している暇はない。

夏樹が二発目を拾い、投げた。

夏樹へと走りながら、空になった水鉄砲ではじく。

二人の距離が縮まる。

今度は夏樹は逃げない。

左手に持っていた二枚を両手に持ち、構える。

残りはおそらくあの二枚。

それを使って接近戦をやるつもりだ。

ハンマーを紙風船めがけて突き出す。

左手の物で受け流される。

カウンターでおいらの紙風船に夏樹の右手の物が迫る。

首を右に倒すことで強引にかわす。

おいらは勢いのまま夏樹の脇を通り、立ち位置が逆になる。

「なかなかやるな。」
「それほどでもありません。」

こいつはやっぱり強い。
わくわくする。
思わず口が笑みの形を作ってしまう。

こういう戦いじゃなく。本気の実戦でやってみたいな。

こんなことを思ってしまう。

「時間もないし、次で最後にするか。」
「望むところです。」

足に、腕に、全身に力をため、一瞬にかける。
夏樹も最後の激突に向け、備えているだろう。
そのままにらみ合う。

一分? それとも十分? どれだけ経ったかわからない。
長い緊張の中、その瞬間は訪れた。





5:25 体育館

二人の真上の照明が、ほんのわずかに瞬きました。

それを合図に二人の足は床を蹴ります。

瞬時に縮まる間合い。

勝負の鍵はタイミング。

そして、ボクと鉄太郎さんの体は交差し・・・


パンッ!!




ピンポンパンポ〜ン

『しまった!! もうネタがない!!』
『神崎夏樹失格。残り二名。』
『もうかまってすらもらえな』ブツッ(遙がマイクを切った音)

ピンポンパンポ〜ン


「ボクの負け、ですね。」
「なかなか面白かったぞ♪ またやろうな♪」
「その時は負けません。」
「おう♪」

鉄太郎さんはニコニコと笑顔のまま体育館を走り去りました。

「絶対に・・・」

決意を込めた言葉。
小さくつぶやいただけのその言葉は、鉄太郎さんには届いていないでしょう。

しかし、鉄太郎さんは突然戻ってきました。
もしかして聞こえていたのでしょうか?

鉄太郎さんはボクの目の前で急停止すると、

「武器くれ♪」

ボクは驚いた顔のまま、持っていた二枚のトランプを差し出しました。

「よっしゃあ♪」

鉄太郎さんはさっきと同じ勢いで体育館から出て行きました。
ボクは呆然としてしまい、しばらくその場から動けませんでした。





5:35

残るは私と鉄だけか・・・
正直言って、あまり勝てる気はしない。

だってあの鉄太郎よ!?
運動能力抜群で、どの運動部からも引っ張りだこの。

まともにやったら100%勝てない。
ならどうするか?

今持っている武器は、ねずみのおもちゃ、サランラップ、催眠ガス入りぴろぴろ笛。
これらを使った有効な戦法は、やっぱりトラップね。

ねずみを使ってサランラップを仕掛けたポイントまでおびき寄せ、かかったところを眠らせる。
そして、その隙に・・・

うん、完璧!

鉄のことだからねずみに驚いて逃げるより、ねずみを追いかけてきそうだから、誘導は難しくないと思う。
後はサランラップを仕掛けるポイントを・・・

しかし、じっくりと考えられていた私の必勝法は、もろくも崩れ去ることとなる。

「こずえーーー!! おいらはここだぞーーー!!」

グラウンドの方から鉄の声が聞こえた。
私は見つからないようにそっと窓から外を覗く。

「時間もないし、探すの面倒だから、おいらはずっとここにいる!! さあ来い!!」

もしこれを考えた上でやったのなら、鉄は実は頭がいいのかもしれない。

実際に探し回れるほどの時間はあまりない。
しかも、探し回っているとトラップにかかる危険性がある。
ならいっそ、トラップなんて仕掛けられていないグラウンドで待つのが一番安全。
私にも高志にチョコを渡したいという気持ちがあるから出て行かざるを得ない。
そして、私がのこのこ出て行けば鉄が勝つ可能性のほうが高い。

鉄の場合、本当に面倒だからって理由だけのような気もするけど。

「こずえーーー!! 時間なくなっちゃうぞーーー!!」

鉄の言葉は、考えたところでどうにもならない現状とあいまって、余計に私をいらだたせる。

「あーーー!! もう、わかったわよ!! 行けばいいんでしょ行けばーーーー!!」


数分後、グラウンドで鉄と対峙している私の姿があった。
鉄の挑発に簡単に乗ってしまった自分の単純さに呆れてしまうが、最早どうしようもない。

もう、やるしかない。

両手に持った武器をぎゅっと握り締める。
右手にはアンテナを伸ばしたコントローラーと笛。
左手にはサランラップの箱。

対する鉄は、
右手にはピコピコハンマー。
左手には水鉄砲。

なんか、すでに負けって感じ。
装備に差がありすぎ。
しかも、鉄はもう一つ何か持っててもおかしくないし・・・

ぶんぶん

頭を振って弱気を払う。

逃げちゃダメ。高志にチョコを渡すんでしょ。何が何でも勝たなきゃ。

「んじゃ、いくぞ。」

一声かけると、鉄は私に向かって駆け出した。

来る! やっぱり速い!! ていうか速過ぎ!!

あっという間に二人の距離がなくなる。

最初に来たのはピコピコハンマー。

私はサランラップの箱を持ち上げ、防御する。

ピコッ!

この場に似つかわしくない音をたててハンマーが止まる。

間をおかずに右から水鉄砲が迫る。

バックステップで何とか避ける。

しかし、反撃は許されない。

私を追って、ハンマーが真上から叩きつけられる。

両手を挙げて、それを防ぐ。

鉄はいったん私から離れる。

防御をといて、一息つけるかと思ったところに、次の攻撃。

鉄はポケットから小さな板のような物を一枚取り出し、私に向けって投げつけた。

とっさにしゃがむことで回避成功。

しかし、板と同時に鉄自信も跳んで来ていた。

横殴りの一撃。

私はしゃがんだまま、後ろに倒れるように跳ぶ。

背中をつくが、地面を転がってすぐに起きる。

制服が汚れちゃったけど、今は気にしていられない。

「こずえも思ったよりやりますな。」
「私だって、そうやすやすと負けられないわよ。」

強がってみせても防戦一方。
早いとこ何とかしなきゃ。

こうなったら、こちらから打って出る。

催眠ガスを吹き付けさえすれば勝ち目はある。
ここは屋外だから、ほとんどふいてないとはいえ、多少は風に流される。
超接近戦に持ち込むしかない。

私は右手に持っていた笛を口にくわえると、鉄に向かって走り出した。

鉄が攻撃に備えて身構える。

二人の距離が縮まる。

私が右手を振り上げようとした時、鉄が二枚目の板を投げてきた。

躊躇している暇はない。

左の武器で払いのける。

鉄の表情がわずかに変わる。

おそらくこの攻撃で隙ができるとでも思ったのだろう。
でも、私だって本気なのよ。

鉄の紙風船めがけて、私の右手が振るわれる。

鉄は水鉄砲で防御。

アンテナがぐにゃりと曲がる。

コントローラーを手放し、鉄の左手をつかむ。

左からハンマーが迫る。

サランラップの箱で防ぐ。

すぐに箱を放し、鉄の右手をつかむ。

動きは封じた。
鉄は脚力はあるけど、腕力はそれほど強くはない。
それに体も小さいから少しの間なら抑えられる。

私の手を振り解こうと鉄が暴れるが、力いっぱい押さえ込む。
そして、

ピーーーーー!

鉄の顔にガスがかかる。

「おおお!? なんじゃこりゃーー!?」

かなりびっくりしている。
ふつうぴろぴろ笛からガスが出るなんて思わないから無理もないけど。

目を白黒させてるうちにだんだんとガスが効いてきたみたい。
鉄の目がとろんとしてくる。

「な、なんか・・・ねむひ・・・」

やった! 私の勝ち!

と思いきや。

ヒュ〜〜〜

あ、向かい風。

もちろん鉄にまとわりついていたガスが私に向かって流れて・・・

まずい・・・

思うけど体は上手く動かなく・・・

ま、まぶたが・・・

せ、せめて最後に・・・


パンッ!










2月14日 土曜日
時間は2:50
オレは男子寮から四つ葉学園までの道を歩いていた。
昨日の夜、遙先輩から突然電話が来て、

「明日3時に科学室まで来るように。」

どういうことか聞こうと思ったらすぐ切れた。
似たようなことは前からあったけど、今回はいつにもまして突然だった。

どうせまた何か手伝わされるんだろうな。

すでに慣れているのはいいことなのかどうか。
どっちにしても拒否権ないけど・・・

いつもの坂の多い道をいつものように歩く。
いつもの階段を登り、いつもの角を曲がるとそこは四つ葉学園。
いつもの校門をくぐり、いつもの下駄箱で上履きに履き替える。
いつものようにB棟3Fに行けば科学室はすぐそこ。
いつもと変わらぬドアを開ければいつもの科学室。

しかし、今日はちょっと違った。
黒板にでかでかと、

『家庭科室まで来られたし』

と書かれていた。
何のことやらさっぱりわからなかったが、とりあえず家庭科室へ。

数分後、家庭科室にたどり着く。
なんとなく甘いにおいがしているような気がするのは気のせいだろうか?

「失礼します。」

ドアを開けると、中から一気に甘いにおいが漏れ出した。
そして、中にいたのは甘いにおいだけでなく、

「あ、高志。やっと来た。」
「遅いぞ〜〜」

こずえに鉄太郎、それに他のみんなも。

「高志、今日が何の日かわかってるだろ?」
「あ、ああ・・・って、まさか!?」
「ほらほら、主役がそんなところに突っ立ってないで。」
「あ、は、はい・・・」

遙先輩に促され、真ん中のテーブルに行く。

「じゃじゃ〜〜ん♪」

ねーちゃんがテーブルの上においてあった白い箱のふたを開けた。
姿を見せたのは大きなハート型のチョコレートケーキ。

「どう?」
「どうって・・・」

そんなに間近まで詰め寄って聞かなくてもいいだろ? ねーちゃん・・・

「皆で心を込めて作りました。ぜひ召し上がってください。」
「はあ・・・」

て言われても、結構でかいよなぁ・・・

「一人で食べろなんて言うつもりはないから心配しなくていいよ。」
「まあ、そういうことでしたら。」
「嬉しくないのか〜〜?」
「そういうわけじゃないが、いきなりすぎてちょっとついていけてないだけだ。」

切り分けてもらったケーキを一口食べる。

「あ、甘さ控えめにしてみたんだけど、ど、どうかな・・・?」
「あ、うん、うまいよ。」
「よかったぁ♪」

塚原がすっごく嬉しそうに笑うからちょっとドキッとした。

「おいらも褒めてくれ〜〜」
「お前は何をやったんだ?」
「買出し!!」
「・・・あとは?」
「応援!!」

まあ、こいつはそんなもんだろう。
下手に手伝わせると、ろくなことにならないし。
本人は大真面目にやっていたようだから、一応褒めておくか。

「・・・そうか、よくがんばったな。」
「おお♪ 褒められた〜〜♪」

本人が満足なら良しとしよう。

「ん? そういえば、何で神崎は制服じゃなくてジャージなんだ?」
「えっ!? それは、ですね。その・・・」
「鉄太郎の真似か?」
「い、いえ、そういうわけじゃ・・・」

なんだかやけに返答に困る夏樹に、若槻が助け舟を出した。

「それには色々あったのさ♪」
「色々って何だよ?」
「それは、聞くも涙、語るも涙な物語・・・」
「いいから、はよ話せ。」
「うむ、実はだな・・・」


昨日あった大掛かりなイベントの話を聞いた。


「なんちゅうことをやっとったんだ。」
「いや〜、面白かったぞ♪ ぜひ生で見てもらいたかったな♪」
「あのなぁ、怪我でもしたらどうすんだよ。」
「ちゃんと考えてのことだから大丈夫だよ。実際怪我人は一人も出てないしね。」
「でも、結局引き分けになってみんなでケーキ作ることになるなら、
 はじめからこうしてればよかったんじゃ・・・」
「それは君のせいだよ。」
「え?」

オレのせい? なんで?

「君がずいぶん長いこと決められずにいるから、一人に絞れるようにと思ってね。」
「遙先輩・・・」
「高志。みんな魅力的な娘だってのはわかる。迷うのはしょうがないとは思う。
 でもな、決めなきゃいけないこともあるんだぞ。
 すぐにとは言わないけど、できるだけ早く決めろよ。
 待たせっぱなしじゃ、かわいそうだ。」
「若槻・・・そうだな、決めなきゃな・・・」

考えていなかったわけではない。
だが、踏ん切りをつけられなかったのもまた事実だった

「まあ、とにかく今は、バレンタインを楽しもう。」
「そっすね♪」

一転して明るく笑う若槻に苦笑する。

「で、遙先輩はいくつもらう予定ですか?」
「さあ? どうだろうね。」
「またまたぁ、先輩のことだから腐るほどもらうんでしょ?」
「そういう君はどうなんだい?」
「一個はもうもらいましたよ♪」
「若槻先輩、誰からですか? もしかして、愛しの彼女?」
「ピンポ〜〜ン♪」
「おお! ラブラブですな?」
「もち♪ 俺とあいつの愛の炎は誰にも消せないぜ♪」
「きゃ〜〜♪ すご〜〜い♪」


そうだな、今日はバレンタインをしっかり楽しんで、
明日からじっくりと考えよう。

自分の皿のケーキを口に運び、ゆっくりと味わう。
甘い。でも、嫌な甘さじゃない。
きっとこの甘さはオレへの想いなんだな。

決めよう。
その結果がどうなっても、後悔だけはしないように・・・
後悔だけはさせないように・・・





 Fin







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<あとがき>

作者「ど〜もご機嫌ようです。
   バレンタインSSとして書いた『バレロワ』
   楽しんでいただけましたでしょうか?」

遙「略すな。」

スパーーーーンッ!!

作者「いたっ!! ハ、ハリセンで叩かないでください!!」

遙「変な省略をするからだよ。」

作者「すみません。(土下座)
   ではTake2お願いします。」

Take2

作者「ど〜もご機嫌ようです。
   バレンタインSSとして書いた『バレンタインロワイアル in 四つ葉学園』
   楽しんでいただけましたでしょうか?」

遙「今回はずいぶんと挑戦したようだね。」

作者「はい。一人称に挑戦しました。」

遙「しかもほぼ全員分。」

作者「はい。頑張りました。」

遙「で、どうだった?」

作者「すっごく書きやすいです。
   SSを書き始めた頃は難しそうだなと思って敬遠していたのですが、
   実はすごく書きやすい物だと知って、目からうろこが落ちました。
   これからは一人称が増えるかもしれません。」

遙「しかも視点を変更してるしね。」

作者「同じ時間に色々な場所を動いているので、視点変更した方がいいと思いまして。
   ただ、ちょっとわかりづらいかなとも思ったのですが・・・」

遙「ちょっと?」

作者「すみません。ごめんなさい。わかりやすくできなくて・・・」(土下座)

遙「今回は初めてということで大目に見るけど、次はもっと頑張りたまえ。」

作者「はい! 頑張らせていただきます!!」

遙「あとがきまで長くなってきたな。」

作者「そうですね。では今回はこの辺で。」

遙「ご機嫌よう。」

作者「でわでわ〜♪」

※ここまで読んでくれたみなさん。ちゃんと彼女たちの様子を想像しながら読んでくれましたか?
 だったらきっとあなたは笑っていることでしょう。
 なぜなら、どんなシリアスな戦いの場面でも、彼女たちの頭の上には・・・
 紙風船が揺れていたのですから!!(爆)
 もし想像しながら読んでいなかった人はもう一度読み直してみてください。
 きっと笑えるはずです♪

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