M 様投稿作品

       美和の誕生日を全力で祝っちゃう会






薄暗い部屋がある。

その部屋はかなりの広さを有しており、高い天井にはちらほらと電球が灯っているだけ。

壇上に向かって列を成しているのは20〜40代の男たち。

そして壇上には、どこかで見たことあるような男が立っている。

男は右手の人差し指で眼鏡の位置を正すと、その場の者たちに告げた。

「さて諸君、もうすぐだな」

男は瞼を閉じ、ゆっくりと一つ深呼吸。

そして、いっぱいになるほど肺に空気を送り込むと、

カッと目を見開き、最大の声量を部屋内にこだまさせる。

「何がもうすぐか?と問われたら! 貴様らは何と答える!?」

同時に、大仰に振られた右腕が指し示す場所には、

『WE LOVE 美和!! ぶっちゃけみんな大好きだ!!』と書かれた垂れ幕。

列を成す男たちは、一人一人が壇上の男に勝るとも劣らない、

ともすれば絶叫とも取れるほどの大声で答えた。

「「「美和タンのお誕生日です!!」」」

そう、彼らこそ『耳っ子ファンクラブ』から更にバージョンアップした、

『FRIENDS三人娘ファンクラブ』なのだ!!




 美和の誕生日を全力で祝っちゃう会





「ひなた嬢、とばり嬢とお誕生日を祝わせていただいてきたわけだが・・・・・・」

壇上の、ファンクラブ会員No.1にして会長を務める男の脳裏に過去の映像が蘇る。

プレゼントを用意するため、皆で努力に努力を重ねた日々。

プレゼントを渡した瞬間の愛しい人の驚きと喜びの顔。

そして、満足な顔でスクリーンに流れる映像を見つめる会員の面々・・・・・・

どれもすばらしい思い出の1ページ。

今回もまた新たなページが追加されることにすでに感無量。

これまでの皆の活躍を考えれば、今回も成功するはず。

彼の皆に対する信頼は広辞苑10冊よりも厚い。

「ついにこの日がやってくるのだ!!」

いつになく自信満々、不敵ともいえる笑みすら浮かべている。

「しかし会長、今回のプレゼントは何になさるおつもりですか?」

発言したのは中央最前列の細身の青年。

会長の右腕を務めるほどに優秀な男。

会長とは反し、不安げに眉根を寄せている。

それもそのはず、今までとは違い、今回は一切連絡なしですでに誕生日三日前。

他の会員も常でない状況に多少なりとも戸惑いを感じている。

「これまでのお二方は好みがはっきりしておられました。ですが美和様は・・・・・・」

これと言えるものがない。

会員連中が幾度も話題に出しては結論を得られずにいる。

会長のカリスマ性に富んだ一言が欲しいという時に、

まったく話にも出ずに三日前となれば不安が広がって当然だ。

会長は壇上から会員たちの顔をぐるりと見渡し、

再びメガネを人差し指で持ち上げると、不敵な笑みを更に深めた。

「案ずるな会員No.2番よ。私に、考えがある」

メガネのフレームがキラリと光る。

証明の少ない地下室でどうしてこんなふうに光るのか不思議なほどに。

そんなことは気にも止めず、声を張り上げ宣言をする。

「皆の者よ聞け!! 我らが求めるものは何だ!?」

「「「美和タンの笑顔です!!」」」

「我らが欲するものは何だ!?」

「「「美和タンの幸福です!!」」」

「ならば!! 我らがやるべきことは一つだ!!」




















結城美和誕生日当日、早朝、同部屋にて・・・

「準備は良いか!?」

「「「サーイエッサー!!」」」

「総員!! 配置につけ!!」

会長の指令を背に、会員は一斉に戦場へと駆け出していく。

彼らの最も忙しい一日が始まった・・・・・・






























AM7:05

「行ってきまーす」

美和は玄関の扉を閉め、朝ごはんの材料とお弁当が入った袋を手に提げて駅へと歩き出した。

天気予報によると本日の最高気温は真夏日を示しているものの、

まだ涼しい時間であるがゆえに、美和のご機嫌は上々だ。

今日も潤とひなたの所によって朝ごはんを作ってから、

御堂のペットショップへアルバイトに行く予定だ。

今日もとばりちゃん来てくれるかな?

以前は、同じ職場で働いていてもどこか一線を引いている雰囲気のあったとばりだが、

最近ではお昼を一緒にすることも多くなっていた。

何気なく空を見上げれば突き抜けるような青空。

こんな空の下で取る食事は、それはおいしいことだろう、

我知らず微笑を浮かべてしまう美和。

そんな明るく家庭的な少女の後姿を、物陰からジッと見つめる視線が二つ。

一人は、もう夏だというのに襟を立てた長いコートをはおり、帽子を目深にかぶった男。

もう一人は黒のタンクトップに迷彩のズボン、

頭にもやはり迷彩のバンダナを巻いてサングラスをかけた小柄な男。

徐々に遠ざかっていく少女を凝視したまま、コートの男が懐からトランシーバーを取り出した。

「こちらA班、目標、自宅を出ました。まっすぐ駅へと向かっています」

他人に聞かれたくないのか、周囲に人はいないというのにかなりの小声だ。

『こちら本部。了解しました。そのまま警護を続けてください』

トランシーバーから聞こえてきたのは会員No.2番の声。

彼がFC本拠地で通信係を担っているのだ。

「ラジャー」

短い返答の後、素早くトランシーバーを懐にしまうと、

二人の男たちは一定の距離を保ちながら、静かに少女の後を追って行った。





AM7;16

『そろそろ美和様が到着される頃です。B班、抜かりはないですか?』

「駅構内に不審者及び不審物の類は見当たりませんでした。問題はありません」

改札付近の柱の影、やはり二人の男がたたずんでいた。

片方は中肉中背、端正な顔立ちと着崩したスーツ姿はまるでホストのようだ。

もう片方は堀の深い顔立ちに大柄で筋骨隆々。

何を思ったのか彼もまたスーツ姿、それもサイズがなかったのだろう、

かなりピチピチしていて今にも張り裂けそうだ。

交信しながらも目だけは向けていた改札に、目標の姿が現われた。

「到着されました。これよりA班に代わり警護いたします」

『はい』

少し遅れて改札に来たA班と視線だけでうなずき合い、

B班の二人は1番線のホームに下りていく少女の後ろを追うのだった。





AM7:21

時刻に遅れることなく十両編成の列車は1番線ホームに到着した。

美和はいつもと同様に前から4番目の3つドア車両の真ん中に入る。

B班はその一つ前のドアへ。

ちらりと左を向けば、目標の少女を挟んで向こう側、

車両後部のドア付近に二人組みの男の姿がある。

もやしっ子という言い方がぴったりのひょろりと背の高い男と、

正反対に横にばかり大きい太った男。

二人ともメガネにリュックサックという、偏見視するならオタクとしか言いようのない風貌だ。

彼らともまた視線だけでうなずき会う。

C班、3つほど前の駅から乗り込み電車内のチェックをしていた者たちだ。

彼らの目には今のところ不審物や不審者の類は映っていない。

しかし油断してはいけない。

不特定多数の人間が集まり、逃げ場のない車中にこそ危険があるものだ。

スリや痴漢ですら許されてはならない。

四人の周囲にだけ、ピリピリと張り詰めた空気が漂っていた。



聡明な読者ならもうお気づきだろう。

そう、彼らの今回のミッションは『美和嬢の平穏な日常を全力で死守すること』

これといって欲のない美和が唯一望む物。それは平和。

しかし、本人に「警護します」といってしまったら美和にとっての日常ではなくなってしまう。

ゆえに二人一班体勢をもって、

決して気づかれることないよう細心の注意を払いつつ警護をしているのだ。

頼もしいメンバーに守られ、美和は今日どれほど幸福な時を過ごせるのだろうか?





AM7:34

目的の駅に着き、美和は電車を降りた。

B班は後を追い、C班はそのまま車内に残った。

帰りの電車をチェックするため3つ先の駅に向かうためだ。

電車がホームを離れる。

C班の二人は階段を登っていく少女とそれを追うB班の二人の後姿を見送る。

決意と、わずかな哀愁の漂う瞳で・・・・・・

改札を出て、B班の二人は立ち止まる。

首を巡らせれば視界に入るのはベンチに腰掛けている二人組み。

キッチリと七三に分けられた髪、脇には通勤鞄、新聞を広げる姿はまさにサラリーマン。

隣にいるのは逆立てた茶髪に黒のレザージャケット、

足を組んでタバコの煙を吐き出す姿はバンドメンそのもの。

どうにも不釣合いすぎるこの二人がE班だ。

ここからB班は美和が帰ってくるまで駅周辺の見回りとなる。

E班の二人はベンチから立ち上がり、

バンドメンはニヒルな笑みを浮かべ、

サラリーマンは軽く会釈をしてから少女の後を追い始めた。

ちなみにD班はどうしているかというと、線路沿いを延々と歩き回っている。

レールの上に石などが置かれていないか調べているのだ。

実は先ほど彼らの傍を、美和とB班とC班を乗せた電車が通り過ぎていた。

もちろん美和は彼らがそんなことをしていたことなど知る由もないのだが。





AM7:41

特に何事もなく、平穏無事に潤とひなたがいるマンションに到着。

E班の二人はさすがに中にまで入るわけにはいかないので入り口付近で張り込む。

二人ともすでに朝食は済ませているので、どこぞの刑事ドラマのように、

近くのコンビニで買ったパンをかじることもカップ麺をすすることもない。

サラリーマンは、やはり懐からトランシーバーを取り出した。

「こちらE班です。マンションまでは無事に着きました」

『そうですか、ご苦労様です。ですがくれぐれも油断なきよう。いつ何時何が起こるかわかりませんから』

「はい、了解しました」

二人はとりあえず目立ちにくい、

しかして、何か事あれば素早くマンション内に駆け込むことが出来そうな位置に待機する。

ここまでは順調。

張り詰めていた空気がほんの少し緩む。

まったく似通った点のない二人だが、考えることはほぼ同じ。

今頃潤の部屋で作られているだろう美和お手製の朝食を想像している。

まるで目の前にあるかのように鮮明に思い描いてしまっているようで、

今にもヨダレが垂れそうだ。

恐らく彼らなら始めから朝食を取ってこなくとも、

妄想だけで十二分に満腹になれたような気がする。

ともあれ、今は彼らの幸せな時間を邪魔しないでおこう。





AM8:42

潤、ひなた、美和がマンション入り口から姿を現した。

幸せな時間を過ごしていたE班の二人に再び緊張が戻る。

潤とひなたが加わったことで更に注意を払わねばならなくなった。

何故なら彼らは決して見つかってはならないからだ。

付かず離れず適度な距離を保ちつつ、二人はターゲットの後を追う。

さほど交通量の多くない道。それでも万が一があってはならない。

高くなりつつある日差しのせいか、それとも張り詰めた緊張のせいか、

二人はジワリと汗をにじませながらペットショップへの道を進んだ。





AM8:55

ペットショップFLIENDSに到着。

向かい側にある三階建ての建物脇の小さな路地から、

何も知らない三人とE班の二人を見つめる視線があった。

F班の二人だ。

ポロシャツにシンプルなズボンの好青年と、学生服姿の少年。

眼前をE組の二人がさっと髪をかき上げたり軽く会釈をしつつ通り過ぎた。

彼らは美和の帰宅時間までFLIENDS付近の見回りをする。

F班の二人はE班の二人の背中を見送ってから、視線を合わせてうなずき合った。

今日の美和たちの担当は喫茶店。

かわいい制服を着て一生懸命に働く彼女らの姿を見に来る客は多い。

もちろん彼らもその中の一人であるわけだが、

彼女らの笑顔を見ることが第一の彼らと違い、マナーのなっていない客もいる。

店内でのトラブルが一番対処しづらい。

無事に終われますように・・・・・・

二人は、店の前で楽しげに談笑する美和たちを見守りながら、そう願わずにはいられなかった、





AM10:23

開店から23分経過。

わざわざこの時間まで待ったのはには理由がある。

開店直後に入店して長々と居座っては怪しさが目立ちすぎるため。

あくまでも誰にも気づかれてはならない。

F班の二人は店内へと突入。

「いらっしゃいませ」

最高の笑顔と挨拶で迎えられた。

御堂であったのは残念としか言いようがないが。

二人のテンションが激減したのは言うまでもない。

席に案内されてからもドンヨリとした空気を背負ったままメニューを眺めていた二人だが、

注文を取りに来たのが美和だったのであっさりと回復したのはさすがFCメンバーと言ったところか。

とりあえず当たり障りのない注文をして、適当な日常会話で一般客を装う。

合間に、店内及び窓から見える周囲の様子を伺うことは忘れずに。

まだそれほど客の多い時間ではなく、特に何事も起こらずゆったりとした時間が過ぎていった。





AM11:45

F班退出。

入れ替わりでG班が入ってくる。

ランニングシャツにジャージのズボン、髪をツンツンに逆立てた青年と、

野球帽に短パンな少年。

案内された席から周囲を探る。

昼時とあって大分客の数は増えている。

警戒すべき輩の姿は見当たらないが、人が多ければそれだけ何かが起こりやすいもの。

自然を装いながらも、内心の緊張感は十二分であった。



PM12:20

G班の二人が運ばれてきた昼食を大方胃袋に納めた頃、妙な音が聞こえてきた。

コン・・・コロコロ・・・・・・

少し離れた席に座っていた子供が誤ってコップを落としてしまったようだ。

隣に座っている子供の両親は何やら話し込んでいて、気づいた様子は見られない。

幸いもう水は入っていなかったようだが・・・とその時、

お盆いっぱいの料理を運ぶ美和が歩いてきた。

しかも落とさないようバランスをとることに必死で床を転がるコップに気づいていない。

もしこのままコップを踏みつけようものなら惨事は必至だ。

野球帽の少年は短パンのポケットに手を突っ込んだ。

ジャラッ

硬くて小さいものが擦れる音と共にポケットから抜き出した手には、一つのおはじきが握られていた。

転がるコップがいよいよ美和の目の前に・・・

いまだ気づく様子のない美和は後一歩を・・・

まさに踏みつけようとするその瞬間。

キィンッ

少年の親指によって高速で撃ち出されたおはじきがコップに命中。

軽いおはじきが当たったとは思えないほど大きく弾かれたコップは再び床を転がり、

美和の足元から離れていった。

残されたのは小さなおはじきが一つと、

何が起こったのかすらわからずポカンと口を開けている子供が一人だけだった。



PM1:11

G班退出。

H班が入ってきた。

横縞シャツに茶色のズボンの青年。

縦縞シャツに紺色のズボンの青年。

特にこれと言って特筆すべきところのない普通の二人組みだ。

席に案内され適当な注文を終えれば、

後は他の班同様何気なく、油断なく周囲に気を配り始めた。



PM1:34

昼食時を回り、大分客も落ち着いてきた。

厨房の方を見れば、潤と御堂が何やらやり取りをしている。

G班の席からでは会話内容は聞き取れない。

が、ちょうど食器を片付けに来たひなたが奥の控え室へと促されている。

H班の二人にはそれが何のサインとなるのかはわかりきっていた。

横縞はおもむろに携帯電話を取り出し、連絡を送る。

「こちらH班、目標たちが昼食に向かう模様です」

『こちら本部、了解しました。すぐにK班に連絡を取ります』

トランシーバーではなく携帯電話を使ったのは、

店内でトランシーバーなど使ったら目立ちすぎるから。

何度も言うが、彼らはとことんまでに秘密裏に美和たちを守るために動いているのだ。

それはさておき、

楽しい昼食は平和な日常において重要度はかなり高い。

何事もなく美和たちが帰ってこられるよう、二人は祈るばかりだった。





PM1:36

ペットショップより程近い公園。

いつもと同様、麗らかな午後の日差し溢れる憩いの場に、

普段とは違い作業着姿の男たちが徘徊していた。

人数は三人。

軍手をはめた手にゴミ取り用のハサミ、大きめのビニール袋を持っている。

空き缶空き瓶タバコの吸殻から、落ち葉や小枝で袋は大分膨れていた。

言うまでもなく彼らがK班だ。すでに数時間前から清掃を続けている。

おかげで公園内のゴミはすべて排除され、あとは美和たちの到着を待つのみ。

本部からの連絡を受け、額の汗を拭いながら清々しい気持ちで撤収準備をしていた彼らに、

悲劇は突然現われた。

中年男性に連れられて散歩中の犬が、いつも美和たちが昼食を広げている場所に座り込んだのだ。

戦慄が走る。

もし楽しく昼食を取ろうとやってきた美和たちがワンちゃんの落し物など見てしまったら・・・・・・

嫌な予感は的中し、ワンちゃんはしっかりと落し物を残していった。

しかも中年男性はシャベルや袋を持って来ていない。

元々きちんと処理する気持ちすらなかったということだ。

マナー違反であるのは言うまでもないが、今は注意している時間はない。

一人が腰の後ろに挿しておいたシャベルを取り出しながら、

犬が立ち去った木の根元に駆け出す。

残る二人は公園の入り口を確認。まだ美和たちは来ていない。

ホッと胸を撫で下ろそうとした瞬間、

木々の合間から公園内に入ってこようとする美和たちの姿が見えた。

二人の視線が公園入り口から駆け出した一人に向き直る。

急げ!

思念が届いたわけではないだろうが、走った一人はすでに根元へと屈み込んでいる。

走った勢いを利用しシャベルでキレイに目的の部分をすくい取り、

素早く左手の袋に放り込む。その間も足は止めない。

立ち並ぶ木々をかわし、柵を飛び越え園内から離脱。

これで先ほどの場所にワンちゃんの落し物があったとは思われまい。

残る二人も自然にこの場を立ち去るべく園内に足を踏み入れた美和たちに背を向ける。

先ほどとは違いジットリとした汗を拭きながら、

しかし、自分たちはやりきったという満足感と共に・・・・・・



ここで作者から読者の皆様方へお詫びがある。聞いて欲しい。


少々汚い表現が含まれてしまったことを深くお詫びいたします。

お食事中の皆様、大変申し訳ありませんでした!!(土下座(食事しながら読んでいるかはわかりませんが・・・・・・



PM1:41

「「「「いただきます」」」」

木陰に敷いたレジャーシートの上から元気な声が響く。

四人分のお弁当を囲み、和やかな雰囲気の中、昼食を開始する美和・潤・ひなた・とばり。

そよそよと吹いてくる微風の涼しさを感じながらのお弁当は格別だろう。

近くの噴水の周りにあるベンチにカップルが一組、同じ様に弁当を広げている以外には、

遠くからわずかに子供のはしゃぎ声が聞こえてくるだけ。

他に人影は見当たらない。

静かで、実に快適な空間だ。

しかしここにFCメンバーがいないと思ってはいけない。

堂々と、それでいて決してバレない姿で潜んでいるのだ。

ではどこにいるのか?

視線を巡らせば、美和たち以外にこの付近にいるのは先に説明をしたカップル一組。

そう、この二人がL班だ。

勘違いしないで欲しいが、FCメンバーには現在女性は所属していない。

つまりカップルの女性の方、陽光にキラキラと輝くキューティクル全開の長く美しい髪を持ち、

薄いピンクのカーディガンに紅のブリーツスカート。ナチュラルメイクに柔らかな笑み。

街中を歩けば十中八九の男は振り返るだろう容姿をしていても、

『彼』は男なのだ。

だが彼にそういう趣味があるわけではないことは理解していただきたい。

あくまでも任務を遂行するための仮の姿なのだ。

そのおかげ・・・かどうかはわからないが今のところ美和たちは何の疑問もなく食事を続けている。

余談ではあるが、女装をしている彼の髪はカツラではなく自前であり、

彼らが広げている弁当も彼の手作りであるが、L班の二人はただの幼馴染なだけ。

仲はかなり良いが決してそういう趣味ではない。

彼らの名誉のため、勘違い無きようお願い申し上げる。



PM2:15

美和たちが喫茶店に戻ってきた。

H班の横縞は再び携帯電話で美和たちが無事に戻ってきたことを報告。

引き続き、担当時間いっぱいまでしっかりと警護を続けた。



PM3;22

H班退出。

I班来店。

シルクハットにタキシード、ステッキを持ちキレイにそろえられたヒゲ。

まさしくジェントルマンな様相を呈する二人組み。

片方は切れ長の目にキリリとした精悍な顔立ち。

もう片方は柔和な笑み。

似ていながら対照的な二人はご近所でも有名な紅茶好き。

夕方はここで紅茶を飲むのが二人の日課となっている。

ゆえに他の班よりもなお違和感なく日常に溶け込んでいる。

紅茶の柔らかで温かな香りに包まれながら、まったりとした午後が過ぎていった。



PM5:33

I班退出。

J班来店。

特にこれといって事件もなく平和な時間が過ぎていったので、

細かい部分は割愛させていただく。



PM7:15

J班退出。

後は閉店時間まで外からの監視となる。

今日は特に危険な人物は確認されていないので問題はないだろう。





PM8:00

「ありがとうございました」

最後の客を見送って、ようやく喫茶店は閉店時間を迎えた。

後片付けを終えれば、

この後はもちろん恒例のお誕生日会となる。

「お誕生日おめで・・・・・・」トントン

そしてもちろんいつものタイミングで入り口のドアをノックする音が聞こえてくる。

御堂が荷物を受け取れば、受取人の欄には当然『結城美和』の名前が。

「今回は小さめね」

ひなたの時は台車に乗った巨大な段ボール箱。

とばりの時はトラック一台。

しかし今回は苦もなく抱えられる中くらいの箱が一つ。

開けてみれば中には少し大きめのデコレーションケーキ。

真ん中のチョコレートプレートには『美和ちゃんお誕生日おめでとう』と書かれている。

「また何やら色々入ってると思ってたんやけど・・・・・・」

「たったこれだけなんて、拍子抜けね」

大多数の人が一目見ただけでつまらないんだなとはっきりわかる表情のとばり。

「でも、そんなに色々もらっちゃったら、何だか悪いし・・・・・・」

対して美和はこのケーキだけでも申し訳なさそうにしている。

「甘いわねぇ。もらえる時にもらっておかなくて、いつもらうのよ?」

「美和は欲がないからな。これくらいでちょうどいいのかも・・・・・・ん?」

箱の中からケーキを取り出した潤は、底に何か置いてあるのに気づいた。

それは簡素な装飾が施されたバースデイカード。

白地に流暢な筆記体でこう書かれていた。

『Have a nice birthday』

簡素ながら、FCメンバー全員の願いが詰まった言葉。

本当の意味までは伝わらなくとも、美和の顔には笑顔があった。

それだけでも、FCメンバーの努力は無駄ではなかったと言えるだろう。





PM9:22

パーティー終了。

「お疲れ様でした」

「お疲れ様」

美和、潤、ひなた、とばりはそれぞれに挨拶を交わして店から出てきた。

御堂はまだ仕事があるため店に残るようだ。

すでに外に待機していたE班は本部に連絡を入れる。

「目標たち、店を出ました」

『了解しました。夜は特に危険が付きまといます。しっかりと警護してください』

「はい」

影から影へ。

さながら忍者のように、二人は暗がりを渡り歩く。

行きと違って帰りは四人、

さらには勘が鋭いとばりが一緒ではどんなに注意を払っても払いすぎることはない。

まだ若いバンドメンはともかく、

すでに四十路も近そうなサラリーマンまで見た目とは程遠そうに素早い動きを見せながら、

潤のマンションと駅の分岐点までは無事に辿り付けた。

「駅まで送ろうか?」

遅くなったときにはお決まりの潤のセリフ。

受け答える美和の言葉もほぼお決まりだ。

「大丈夫だよ。とばりちゃんと一緒だし」

ちらりとすぐ隣にいるとばりを見る。

「そうね。何かあったらあたしが守るわよ」

「そりゃ心強いな」

とばりの力量を知る潤はそれで納得。

「それじゃあ、また明日」

「またね」

二人の後姿を見送る。

「まったね〜〜」

潤はブンブン手を振るひなたを促し、マンションへと帰っていった。





分岐点から少し進み、駅までは後五分程度。

途中、気配に気づき、とばりは小さく振り向いた。

誰かにつけられてる?

単に同じ方向に行く人とは思えない。

背後の気配は付かず離れず、こちらの歩調に合わせ等距離を維持している。

不器用ながら足音も消そうとしているようだ。

人数は・・・・・・一人、もう少し後ろに二人くらい。

気づいたそぶりを見せると危険と判断、とばりはすぐに視線を前に戻した。

「どうかしたの?」

美和が聞いてくるが、なんでもないわと返す。

何事もない風に歩を進めるとばり。

しかし警戒を強めているのは、わずかに逆立ち始めた尻尾の毛を見れば、わかる人にはわかるだろう。





潤たちと別れてすぐ。

途中の狭い路地から、パーカーのフードを深くかぶった怪しい人物が現れたのを、

E班の二人は確認していた

背を向けているため容姿は確認できないものの、

稚拙な忍び足で美和ととばりをつけているのは見え見えだ。

危険なのは火を見るより明らか。

すぐに行動しなかったのは美和たちに知られてはいけないからだ。

とりあえず様子を見ていたが、とばりに気づかれたのならうだうだしてはいられない。

E班の二人は強行手段に打って出た。

足音を忍ばせながら素早く前進。

怪しい人物が背後の二人に気づき振り返る頃にはもう遅い。

左からサラリーマンが低い姿勢でタックル。

相手が姿勢を崩した隙にバンドメンは左手で怪しい人物の口を塞ぎ素早く背後に回ると、

開いている右腕を相手の右腕に絡めて、そのまま背中を地面につく。

敵の動きを封じた二人は最後の仕上げに突入。

強引に体をひねって横転すると、街頭の光も届かない暗い路地に転がり込む。

あとは鳩尾に一発いいのをやって落としてから、

グルグル巻きにフン縛って猿ぐつわをかませれば一丁上がり。

バンドメンは素早く立ち上がり、路地からわずかに顔だけ出して前を行く二人の後姿を確認。

ちょうど再び振り向いたとばりと視線が交錯する。

とりあえずニヒルな笑みと共に右手の親指を上げてみる。

とばりは薄く笑んで前に向き直り、少し大きな声で独り言を言った。

「猫がケンカでもしてたみたいね」

?マークを頭の上に踊らせながら、美和が振り向く。

しかしそこにはすでに誰の姿もない。

夜に染められた静かな町が徐々に眠りへと落ちていく様しか映らない。

美和は少々釈然とはしないものの、視線を前に戻した。

とばりには気づかれてしまったが、今回の目標である美和にはどうにかバレていない。

ギリギリセーフ、と言ったところか。

E班の二人はホッと胸を撫で下ろした。



PM9:46

駅到着。

E班の二人はこれで任務終了。

改札の向うに待機していたB班が後を引き継ぐ。

四人がホームに下りたところで放送が入った。

『本日19時ごろに発生しました信号トラブルの影響で、一部ダイヤが乱れております。
 お急ぎのところ大変申し訳ありません』

B班は待機中に連絡はもらっていたので驚きはしない。

むしろこの煽りをモロに食らったのはC班。

3つ先の駅から乗って電車内の安全性を確認せねばならないという任務の都合上、

美和が乗る電車の時刻ははっきりしていなければならない。

ただでさえ今日は美和の誕生パーティーがあったため普段通りの時間でないというのに、

その上電車が遅れたとあっては時刻表も役には立たない。

本部の支持も仰いだ結果、乗ると思われる時間の電車を二本に絞り、

二人別々に乗車するという苦肉の策に打って出ていた。



10分後、作戦はどうにか功をそうし、デブの方が乗った電車がホームについた。

ちなみに、もやしっ子が乗った電車は美和たちが到着する数分前に駅を通過してしまっている。

それはともかく取りあえずの安全性はどうにか確保できた。

今はそれで良しとするしかあるまい。

美和ととばり、B班の二人が電車に乗り込む。

それほど人は多くないが、座席は全て埋まっていた。

B班及びC班デブの方は自然を装いながらも、

しっかりと美和ととばりに危険が迫らないか監視している。

窓の外はすでに真っ暗。

家の明かりや外灯、車のヘッドライト以外は黒一色。

なのですぐ傍をD班が歩いていても誰も気づかないのは仕方がないことなのである。



PM10:09

美和下車。

とばりはもう少し先の駅まで行くのでそのままだ。

C班デブもまた先まで行くことになっている。

B班は美和に続きここで下車、のはずなのだが・・・・・・

マッチョの様子がおかしい。美和ととばりの間で視線を彷徨わせている。

ホストはマッチョの心情をすぐさま理解した。

そう、マッチョはとばり萌えなのだ。

FCの名前こそ三人娘となってはいるが、

個人ではそれぞれ別に順位付けされてしまうのは仕方がないことだ。

もちろんだからといって他の娘に対する愛情が希薄というわけではない。

それでもやはり自分の一番を求めてしまうのは当たり前。

ホストはそれを察し、マッチョに力強くうなずいた。

後は任せろ!

ありがとう友よ!

言葉に出さずとも分かり合う二人。

ガシッと音がしそうなほどに硬い握手を交わし、二人はそれぞれの道をいく。

とはいえ、ホストが美和を警護するのはここの改札を出るまでなのだが・・・・・・



PM10:11

美和が改札を出てきた。

すぐ外に待機していたA班に緊張が走る。

時刻は10時を回り、美和はたった一人。

結城家まで10分ちょっとの一番危険な道のりだ。

E班が怪しい人物を捕らえたという報告も入っている。

最後の最後、一層気を抜けない。

二人の緊張感がピークに達しようとした時、

予想外、いや、半ば予想できてもいいような事態に陥った。

一台の自動車が美和の前に止まった。

運転席には中年女性が座っている。

美和の母だ。

美和は、遅くなるようなら迎えに行くと言われていたため、

改札を出る前に携帯電話で連絡を入れていたのだ。

美和が助手席に乗り込むと、白い軽自動車は結城家へと走り去った。

残されたのはわずかな排気ガスとA班の二人。

これが一番安全なのは理解している。

だが頭ではわかっても感情はなかなか制御できるものではない。

コートの男はギュッと手を握り締め、迷彩は夜空を見上げた。

点々と瞬く星の中、弓のような三日月が輝いていた。



























7月10日未明

薄暗い部屋がある。

その部屋はかなりの広さを有しており、高い天井にはちらほらと電球が灯っているだけ。

壇上に向かって列を成しているのは20〜40代の男たち。

そして壇上脇にはいつもの人物が立っている。

壇中央には巨大スクリーン。

映されているのは昨日の一部始終。

美和たちの平穏な一日と、メンバーの珍プレー好プレー集が延々と流れている。

いつどこで撮影していたのかなど気にしてはいけない。

しっかりと目を凝らして周囲を見回していたなら、

もしかしたら周到な変装でビデオカメラを構えている会長の姿を確認できていたかもしれないが、

それも今となっては過去のことだ。

とろけるような笑顔で映像を眺めるメンバーを見ながら満足そうに笑む会長の目に、

キラリと光るものがあった。

「良かった。皆本当に良くやってくれた・・・・・・」

美和たちの幸せ、そしてFCメンバーの幸せこそが、会長である彼の一番の幸せなのだ。

今回の彼らのミッションは成功に終わった。

しかし、安心してはいられない。

そこに萌えと愛がある限り、彼らの活動は永遠だ。

例え誰の記憶に残ることがなくても、彼らは懸命に生きていく。

ただひたすらに、己が信念を貫くために!!





 FIN





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<あとがき>

ど〜もご機嫌ようです。
『美和の誕生日を全力で祝っちゃう会』楽しんでいただけましたか?
他に美和ちゃんが欲するものを思いつかなかったので、結果こんなに長くなっちゃいました。
いや別にひいきしてるわけではありませんよ。自分もぶっちゃけみんな大好きなのです♪w

さてさて、彼らの活動も一応一区切りしたわけですが・・・・・・
どうかご安心を。きっとどこかでまた活躍してくれる時も来るでしょう。
彼らの活動は永遠なのですから♪w
いつかきっとまた彼らに会えることを信じましょう♪w

以上、自分の萌える心も永遠だと自負しているMでした♪
でわでわ〜♪

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