紅陽華 様投稿作品


今も忘れない。あの日の事を。

これまでの出会いを―――。





ありがとう。



「はぁ〜〜〜、やっぱり中高一貫の学校にして正解!!」
「姉ちゃん見てると、オレも姉ちゃんと学校に入って得したと思うよ」
金沢美奈(当時十五歳)と弟の健太は、下校中そんな事を言っていた。
近くの小学校に通っている有紀も、二人と一緒に下校していた。
「何たって高校受験に追い詰められる心配も無いからね」
「じゃあ、有紀もおっきくなったらお姉ちゃん達と同じ学校に行く〜」
「そうだな。そうしとけ有紀」
そんな会話をしながら下校していた三人は、ある物を見つけた。
「――――ん?」
それはダンボール箱だった。近づいて見てみると、その中には、茶色の子犬が一匹だけいた。
「くぅ〜〜ん………」
子犬が悲しそうに鳴く。
「犬だ、カワイ〜〜♪」
「捨て犬みたいだな……よしよし、可哀想にな――」
健太は子犬を抱き上げ、頭を撫でてやった。美奈が、
「コレ、食べる?」
と言って、スティック状のショコラケーキを子犬に差し出した。子犬は相当空腹だったのか、
においを嗅いだりなどの警戒をする事も無く、それを頬張り、食べた。
「どうしよう……このままにしておけないけど、家じゃ飼えないしなぁ……」
美奈が言った。三人の家はマンションなので、当然ながら動物は飼えない。
「……よし」
健太は子犬を再びダンボール箱に入れると、それを持ち上げて走っていった。
「あっ、健太何処行くの!?」
「待ってよ、健太お兄ちゃ〜ん!!」
美奈と有紀は、走る健太を追い掛けた。


「とりあえず、ココなら風雨も凌げるだろう」
三人は、河川敷に来ていた。そこの長い草の生い茂る場所に、一本の土管が放置されており、
健太はそこにダンボール箱ごと入れた。
「大丈夫? そんなとこに放置しといて?」
美奈が心配そうに聞く。
「暫くはここに隠して、オレ達が餌とか与えてやろう」
「うん! じゃあね〜、子犬ちゃ〜ん♪」
有紀がそう言って、三人はそこに子犬を残したまま帰っていった。
(健太―――あの子犬飼いたかったんじゃ……)
美奈は、きっとそうだと思っていた。


三日後。
「あれ、いない!」
今まで大人しく土管の中にいたあの子犬が、いなくなっていた。
「どっか行っちゃったんだ……!」
三人が不安を感じ、オロオロしていた時、
「三人とも、どうかしたの?」
不意に声を掛けられ、振り向くと、そこにはオレンジ色の髪をした少年がいた。
彼の名は宗像陽彦。美奈の同級生で幼馴染である。
「キャンキャン!!」
そして、彼の足元には、三人が探していた子犬がいた。
「あ! その子犬………」
「えっ、ジョンの事知ってるの?」
陽彦が言う。ジョンというのはその子犬の名前で、土管の中で寂しそうにしていたので、
彼が拾って家族に了承をもらい、飼う事になったらしい。
美奈達も、その子犬は自分達が見つけ、しかし飼えないのでそこの土管に隠していたという事を話した。
「良かったな、良い人に拾われて――――」
健太はしゃがんで、子犬の頭を撫でる。
「じゃ、僕はこれで――。行くよ、ジョン」
「キャン!」
ジョンは嬉しそうに吠えて、陽彦と共に去っていった。
その後ろ姿を眺めていた健太に、
「ねぇ、あの子犬、ホントは健太が飼いたかったんじゃないの?」
美奈が聞いてきた。
「べ、別に! アイツが拾われたんなら、それでいいさ」
健太は答えた。美奈は更に聞く。
「そんなに動物が好きならさ……健太、動物関連の仕事が向いてるんじゃない?」
「例えば?」
「う〜ん……例えば、犬が好きだったら、ドッグトレーナーとか……」
「へぇ……でも、まだ分かんないよ。オレまだ十四歳だしさ、先は長いよ」
「それもそうね」
そう―――自分達はまだ若い。未来の事を考える時間は、美奈にも、健太にも、有紀にも、
まだたくさんある。
美奈はそう思っていた。


日曜日。友達と付き合っていた美奈の携帯が鳴った。
「あ、ゴメン―――、もしもし、美奈ですけど……お母さん?」
『美奈! 健太がっ、健太が………!!』
「えっ、健太が、どうかしたの?」


病院で美奈を待っていたのは、信じられない光景と、受け入れがたい真実だった。
病室にいる数人の医師と看護士。泣いている両親と、同じく泣きながら母に抱き寄せられる有紀。
そして……ベッドに横たわる健太。
「嘘………でしょ―――、健太…………」
美奈が呟き、ベッドに近寄る。
聞けば、健太は交通事故に遭ったそうだ。
「全力を尽くしましたが……既に、手遅れでした………」
医師が美奈に追い討ちをかける。
「………そ…んな………」
昨日まで元気で、今日だってあんなに元気に外出してたのに。
「先は長いよ」と言って、まだ夢や目標を考える時間はあると思っていたのに。
「何で………」
何故。
「……ねぇ、何でっ………」
何故、健太がこんなにも早く死ななければならない?
「何でなのよぉぉぉぉぉぉ!!!」
まだ、先は長いのに。
夢を、目標を見つける時間は、たくさんあったハズなのに―――!
美奈は泣きながら、もう二度と目を開けることの無い弟の寝るベッドのに顔を埋めた。
「あっ、あの……本当に、ゴメンなさいっ!!」
その時、病室に入ってきたのは、八歳くらいの女の子だった。
「ゴメンなさい……その人、あたしのキャシーを助けて、それで事故に遭って…
だから、ゴメンなさい! 許してもらえ無いかもしれないけど、本当にゴメンなさいっ!!」
女の子が言うには、健太は道路に飛び出した自分の子犬を助けて、事故に遭ったと言うのだ。
彼女は泣きながら、自分の子犬を助けてくれた少年の遺族に、必死に、泣きじゃくりながら謝った。
美奈は顔を上げ、ひたすら謝る女の子を抱き寄せ、
「もう、いいの………」
優しくそう言った。
「あなたの、所為じゃないわ……」
泣きながら、その女の子を抱きしめた。


あの事故から一年。美奈は十六歳になり、高等部に進級した。
彼女は、健太の墓参りに来ていた。
花束を墓前に添え、手を合わせる。そして言う。
「ねぇ、健太。私、獣医になろうと思うんだ―――。動物や、それと耳っ子とかを、助ける仕事なの。
健太が命を捨ててまで守ろうとした動物達を…私も、守ってあげたいの。助けてあげたいの」
それが、美奈の純粋な気持ちだった。








学校を卒業した私は、獣医学の短大に入学し、卒業後、国家試験を受けた。
そしたら、見事一発で合格!
その後は、一年間友達に紹介された動物病院で働いて、両親の協力と応援のおかげで、
遂に自分の病院を持つことが出来た。
それから間もなくして、私は昔の同僚に、保健所に行ってみたらどうだと言われ、言ってみる事にした。


「…………」
正直、言葉が出なかった。
そこには私が想像していた以上の動物達――耳っ子も含め――が収容されていた。
同僚は、この光景を私に見せて、「現実は甘くない」とでも言いたかったのだろうか。
「……あの、ここには、どれくらいの動物や耳っ子が、収容されてるんですか?」
私は、案内してくれている従業員に聞いてみた。
「う〜ん……まぁ、ここは軽く四百は超えてますかね。大きい保健所なら、その五倍はくだらないですよ」
従業員は続ける。
「収容されてるのは、大抵は捨てられたヤツですね。後は、突然飼えなくなって入れられたヤツらとか……」
私はその言葉を聞いて悲しくなった。
なんて人間は自分勝手なんだろう。ペットである動物達は人間達に家族として迎えられ、
人間達を信頼し、慕っているのに、人間はこうも簡単にその動物達を裏切れるのか。
そんな事を考えながら左を見ると、檻の中にいた猫耳っ子と目が合った。
彼は私を見るなり、憎悪を込めた目で私を睨んできた。
「っ!………」
逆恨みなのだが、仕方が無い。私は人間なのだから。
彼らを平気で裏切った者の同族なのだから――――。
そして、次に右の檻を見た。
それが、私とあの子と初めて出会った瞬間だった。
「この子――――」
そこに居たのは、金髪にレトリーバーの犬耳をした犬耳っ子だった。
部屋の隅でじっとしていて、顔にも覇気が感じられなかったが、
「何だか、似てる――」
顔や姿は、どこか死んだ私の弟―――健太そっくりだった。
「ああ、そいつですか? 私もいつからいたのか覚えてなんですが―――」
檻の前で足を止めていた私に、従業員が話し掛けてきた。
「あの……あの子を引き取りたいんですけど」
「え?」
「聞こえませんでした? あの子を引き取りたいって言ったんです」
私は、従業員にそう言った。


その夜。
私は自宅に戻っていた。シャワーを浴び終え、携帯を開くとメールが入っていた。
メールの送り主は、有紀だった。
『お姉ちゃん、お仕事頑張ってますか? 私はもうすぐ推薦入試! 
合格したら真っ先にお姉ちゃんに報告するからね。今度シュウと一緒に遊びに行くから、
そこんとこよろしくっ♪』
私はメールを読み終え、携帯を閉じた。
有紀も、頑張ってるんだな……
私も、もっともっと頑張らなくちゃ!
"新しい家族"も入る事だし―――。


次の日、私は彼を迎えに、もう一度保健所に向かった。
檻が開けられ、私は中に入り、彼に近づいた。
「あ―――」
彼は部屋の隅に逃げて蹲ってしまった。人間が怖いのだろう。
私は彼にゆっくりと近づき、声を掛ける。
「―――大丈夫」
「―――え?」
彼は恐る恐る顔を上げる。
「私は、あなたに危害を加えたりしないわ―――こっちにおいで」
私は、初めて正面から彼の顔を見た。そして、冷たい手をぎゅっと握ってあげた。


「外を見るのって、久しぶりかしら?」
私は車を運転しながら、後部座席の彼に話し掛けてみた。返事は無い。
「あなたの御両親は………って、この質問には答えたくないか。御免なさい」
保健所に入れられていたのだから、両親とはぐれたか、死別したかのどちらかだろう。
そうこうしているうちに、家に着いた。
「ここが私の家よ。私は獣医――動物と耳っ子のお医者さんなの。この家は私の
自宅であると同時に、私の病院でもあるの。まだ開業して間もないけどね」
「……一人で、お仕事してるの……?」
彼が始めて、口を開いた。
「ん? まぁそうね。そんなに大きな病院じゃないから」
「一人で、寂しくない?」
「寂しくは無いわ。別の所に家族もいるし、それに―――――」
私は彼の顔を見ながら言った。
「もう一人じゃないわ。だって今日から、あなたと一緒に暮らすんだから」


私と彼は、家の中に入った。
「広い……それにきれい――――」
彼はリビングの感想を言った。
「さっ、まずは体を綺麗にしなくちゃ」
私は彼をバスルームに連れて来た。
だが、彼はなかなか服を脱ごうとしない。
「どうしたの? ほら、その汚い服を脱いで、ね?」
下着姿で私が言うと、彼は、
「………だ、だって―――は、恥ずかしい、から…………」
彼は辛うじて聞こえる声で答えた。
恥ずかしい、か――――。まぁ、それもそうか。
でも、お風呂嫌いじゃなくて良かった。
「汚いままで居るわけにもいかないでしょ? さ、脱いだ脱いだ!」
殆ど強引に服を脱がし、タオルを巻いて、二人でバスルームに入る。


体を洗うのが終わった後、私は彼に下着を着せた。昨日買っておいた物だ。
「よいしょっ、とぉ」
私は押入れから一つの箱を取り出した。私が無理を言って残してもらっていた、大切な
健太の遺品―――――服だ。
箱の中から、フード付きトレーナーとジーパンを出した。
「えーっと、この服、着てみて?」
私は彼に服を渡す。着終わった姿を見ると、
「うん、似合う似合う」
本当に健太と瓜二つに見えた。
鏡の前に立たせて、彼にも自分の姿を見せてあげる。
「あっ、そういえば自己紹介がまだだったわね―――私は美奈。金沢美奈よ。あなたは?」
彼は首を横に振った。そっか、名前が無いんだ……
「そう―――、じゃあ、私が決めていいわね?」
彼が首肯する。
さて、どんな名前にしようか………
そう考えていた時、頭に浮かんだ、楽しそうな、彼の笑顔。
「そうね………じゃあ、ケンタ」
「ケ・ン・タ……」
「そう。今日からあなたの名前は、ケンタよ」
私は彼の頭を撫でると、彼は初めて笑った。
「美奈さんが、ボクの飼い主?」
「ええ、そうよ。私はケンタの"ご主人様"よ」
「ボクの……ご主人様……」
ケンタはとても嬉しそうだった。


それから暫くして、ケンタの性格はとても明るくなった。
また、ケンはが頭を撫でられるのが好きだと言う事も分かってきた。
そんなある日の事。
「ケンタ、あなたにプレゼントしたいものがあるんだけど」
「プレゼント? なになに、ご主人様ー!」
「はい、これ」
私がケンタに見せたのは。黒い首輪だった。犬と犬耳っ子には必需品のアイテムだ。
彼はそれを手に取り、まじまじと見つめる。
「――気に入らなかったかしら?」
私が聞くと、彼は首をぶんぶん横に振り、
「ううん、ご主人様っ、ありがとう!!」
ケンタは嬉しそうに答え、早速首輪を付ける。
「ねーねーご主人様、似合う?」
「うん、とっても似合ってる」
「ありがと〜、ご主人様ぁ〜〜♪」
嬉しさの余り、ケンタは私に抱きついてくる。そんな中……
ピンポ〜ン
玄関のチャイムが鳴った。私はまず、壁に取り付けてあるモニターを見る。
その後、玄関まで行ってドアを開けると――、
「ひっさしぶり〜、お姉ーちゃん♪」
「お久しぶりですぅ、美奈さん」
訪問者は、私の妹の有紀と、彼女の飼ってる猫耳っ子のシュウだった。
「二人とも、いらっしゃい」
二人が家の中に入ってくる。ケンタも玄関にやってくる。
「あ、お姉ちゃんも耳っ子飼い始めたんだ」
「ええ―――、ケンタ、紹介するわね、私の妹の有紀と、猫耳っ子のシュウちゃんよ」
「初めまして、ケンタです」
ケンタが二人に挨拶する。視線をシュウに移して、
「キミ、女の子?」
そう聞いた。
「ううん、男の子だよ♪」
シュウが可愛らしく答える。
「ホント!? 女の子みたーい!」
まぁ、長い髪にあんな可愛らしい容貌だったら、間違えるのも無理はない。私も間違えた事あるし―――。
「で、何の用で来たの?」
場所をリビングに移して、有紀に聞く。
「実はね……私、推薦入試に受かっちゃいましたーー!!」
「本当!? 良かったじゃない!」
「それでね、お願いがあるんだけどさー……」
「何? 何でも言って」
お願いって何かしら?
「私が合格した大学がね、お姉ちゃんの家から結構近いんだよねー……」
「へぇ……………え?」
まさかお願いって…………
「お願い! 私とシュウをお姉ちゃんの家に居候させてくださいっ!」
「えええ!!?」
両手を合わせて頼み込む有紀。やっぱそれか………
「アルバイトして、ちゃんと生活費稼ぐからさぁ〜」
「う〜ん………分かった。許可するわ」
「ありがと〜〜!! やっぱり持つべきものは優しいお姉さんね〜」


私は、人生で三回、大きな出会いをしたと思う。
一回目は、ケンタと出会った事。そして二回目は――――。


昼時の事。
「ありがとうございます」
「ありがとう、美奈先生」
「はい、お大事にね」
耳っ子の診察を終えて、何だかやけに隣が騒がしいとケンタが言ってきた。
何だろうと思い、二人で来て見ると―――、
「どうも、新しくお店が出来るみたいね」
隣の空家に、次々と色々な物を運んでいく人達の姿が見える。
そして一人、荷物が運び込まれていく空家を眺める一人の男性がいた。
オレンジ色の髪に、あの顔、どこかで見たような………
………あっ!!
「陽彦君!? 陽彦君でしょ!」
「え――、み、美奈さん!」
陽彦君とは、中高一貫校を卒業してからそれきりになっていたが、まさかこんな形で
再会できるなんて――――。
「美奈さん、隣の子は?」
陽彦君が、ケンタを指差して言う。
「この子はケンタ。私が飼ってるの。そういえば、ジョンは元気にしてる?」
そう聞くと、陽彦君は辛そうな顔をして、
「…その……六年前に、死んじゃって………」
答えた。
「あ……ご、ごめんなさい」
「いや、いいんです―――。実は僕、ここでペットショップを経営することになったんです」
「そうなんだ、おめでとう」
「有難うございます。隣が美奈さんで、獣医なら都合がいいや。もし僕の所の動物達が病気になったりしたら、
治してくれますか?」
「もちろんよ。ただし、ちゃーんとお金は払ってもらうからね♪」
なにせ、来年には妹とその猫耳っ子も養わなくちゃいけないしね。
「わかってますよ………じゃ、僕はこれで」
「待って、ところで、店名は決まってるの?」
「店名? そうですね――。明るい感じがいいから、『SMILWY』なんてどうですか?」
「うん、いい名前じゃない。頑張ってね」


それから、陽彦君の経営する『SMILWY』が開店して、初めて彼からの仕事の依頼が来た。
一匹の犬が、やけに元気がなく、餌も全く食べないと言うのだ。
私は早速その犬の診察をしてみた。
「う〜ん……これはどうもストレスが原因みたい」
「何とかなりませんか」
私と陽彦君がうんうん唸っている時、
「ボクに任せて」
ケンタが言った。彼は犬に近寄り、頭を撫でてやりながら、
「だいじょうぶ、安心して―――、みーんないい人だよ。怖がる必要なんか無いよ」
ケンタは、優しく犬に話し掛ける。
「ほら、お食べ」
そして、餌の入った皿を差し出すと………食べた!
「よしよし、いい子いい子♪」
私も陽彦君も、驚きの目で彼を見つめていた。
しかも、ケンタは数日で、『SMILWY』の動物達と仲良くなっていた。
そこで私は、『SMILWY』の動物達のストレス解消として、ケンタをそこへ遊びに行かせる事にした。
彼は動物達と話したり、誰かに買われた時は、「良かったね」とまるで自分の事のように喜んだ。
また、ケンタのこの能力は、私の仕事――動物や耳っ子に注射する時など――に非常に役立った。


そして、三回目の大きな出会い―――。
あれは、有紀もシュウちゃんが家に居候して、セイヤを拾った後の事。
そう、三月下旬の頃―――。


突然、一人の男性が私の病院を訪ねてきた。
「すいません、俺の犬耳っ子が、急に倒れたんです! しかも、凄い苦しそうで――――!」
「分かりました!」
男性の名前は、結城潤。犬耳っ子の名前は、ひなた。
私はすぐにひなたちゃんを検査した。
「どうも風邪みたいですけど………相当重症です。多分以前から風邪になっていたのに、
黙っていたみたいですね」
潤は、ひなたちゃんの異変に気付かなかった自分を深く悔やんでいた。
「でも……ひなたちゃんも、辛かったのなら、潤さんに言えば良かったのに―――」
私は思っていた正論を口にした。
「ひなた、何で俺に風邪だと言わなかったんだ?」
すると、ひなたちゃんは、
「だって……注射怖いし…それに、ご主人様に迷惑掛けたくなかったから………」
注射が怖いっていうのは良くあるけど、ご主人様に迷惑掛けたくない為に、風邪できついのを
黙っておくなんて――――。
私は、正直呆れていいのか感動していいのか分からなかった。
「けど、最終的には俺に迷惑が掛かったんじゃないか」
潤がそう言うと、ひなたちゃんの目が潤んできた。
あ、まずい…………
「だって…だって………うわーーーーーーーーーん!!!」
あっちゃー、やっぱり泣いちゃった………
何とかして泣き止ませなきゃ……そう思っていた時、ケンタがひなたちゃんにゆっくりと近づいて行った。
「………ケンタ?」
彼は、大泣きする彼女を黙って抱き寄せ、背中を摩った。
「よしよし―――だいじょうぶ」
ケンタは優しく言った。私のところへ来る患者達や、『SMILWY』の動物達にもするように。
「キミはなぁんにも悪くないよ―――。だから泣かないで、いい子だから―――」
「ひっぐ、えぐっ、ふぇっぐ……」
さしずめケンタは、泣きじゃくる幼い我が子を慰める母親だった。
ケンタは、本当に不思議な力を持っているわ―――――。


「ひなたちゃん、体の方はどう?」
「うん、良くなってきてるよ」
あの後、ひなたちゃんは私の病院に入院した。
同じ犬耳っ子でもあるせいか、ケンタは必死になって彼女を看病した。
そのお陰で、彼女の風邪もだいぶ良くなってきた。
「ひなた、お見舞いに来たぞ」
そして、潤は殆ど欠かさず毎日彼女のお見舞いに来ていた。彼だけじゃなく、妹の美和ちゃんや、
親友の御堂拓也さん、それと猫耳っ子のとばりちゃんもよく来ていた。
「ひなた、どや? 調子は」
「さっさと良くなりなさいよ。アンタがいないと、『FRIENDS』の喫茶店のウエェイトレス、
わたしと美和だけでやらなくちゃいけないだから」
「とにかく、早く良くなってね、ひなたちゃん」
ちなみに、今回のひなたちゃんの入院で、ケンタとひなたちゃんの仲良しになったんだけど――――。
仲良くなったのは、その二人だけではない。
「――――よっ」
セイヤが手を上げて、短く挨拶する。相手は――とばりちゃん。
「―――どうも」
この二人、何だか会うたびに照れてるような――――。
もしかして、犬と猫なのに―――――まさかね。
「あら、シュウ」
とばりちゃんが、今度はシュウに話し掛ける。
「こんにちは、とばりおねーちゃん」
シュウちゃんは、とばりちゃんにいつしか「おねーちゃん」を付けるようになっていた。
同じ猫耳っ子だけに、彼はとばりちゃんを先輩もしくはお姉さんとして見ているかもしれない。
有紀と美和ちゃんの方も、楽しそうに会話している。潤が、
「どうですか、ひなたの病状は?」
聞いてきた。私は笑顔で答える。
「良好ですよ。この調子なら、四月には退院出来ます」
「そうですか―――ありがとうございます」
「お礼なら、あの子にも言ってあげてください」
私はケンタの方を見て言った。
潤はケンタに近寄り、彼の頭にポン、と手を乗せ、
「ありがとうな、ケンタ」
「どういたしまして、潤お兄さん♪」
お礼を言って、ケンタが返した。
「ええなぁ、潤は。自分だけ『お兄さん』って呼ばれて。俺なんかまだ『御堂さん』やで?」
拓也さんが羨ましそうに言う。
「そんな事言われても……ボク、まだ御堂さんとはそんなに親しくなってないし……」
「みどー、それならケンタに何て呼んで欲しいか教えたら?」
「おお! ナイスアイディアやひなた! さて、何て呼んでもらおかな……?」
拓也さんは暫く考え込み、「そや!」と叫ぶ。何かひらめいたらしい
「ケンタ! 今日から俺の事は『拓也のアニキ』と呼べ!!」
「え……何? その『アニキ』って」
「『アニキ』っちゅうのは、『お兄さん』をカッコよくした言い方や。今日からそう呼んでくれや。な、な、な?」
ひたすら懇願する拓也さん。
「うん、分かった。今日から『拓也のアニキ』って呼ぶ」
「おお〜〜、おおきにケンタ〜。そや、折角やし………」
拓也さんが、ニヤけた顔でとばりちゃんと美和ちゃんを見る。
「ケンタ、あの二人の呼び名は今日から『とばりん』と『美和たん』や! 覚えとけ!!」
勝手に人の呼び名決めてるわこの人!!
「ちょっと御堂! 『とばりん』って何よ『とばりん』ってっ!!」
「み、御堂さん…………」
二人の言い分も聞かず、さ〜て、あとはひなたやな〜、と、拓也さんはひなたちゃんの呼称を考える。
「よしっ!! コレは絶っっっ対カワイイ!! 『ひなたん』や!!!」
「「ひなたん……………」」
ケンタとひなたちゃんが、拓也さんが決めた呼称を同時に言う。
「………うん! すっごくカワイイ! ボク気に入った!!」
「ボクも気に入った!!」
「そうか! 気に入ってくれたか!?」
「「うん! とっても!!!」」
二人の声が再びシンクロする。
三人以外の、私以下他のみんなは、その光景を笑顔で、呆れながら見ていた。
いや――――例外が一人いた。
「御堂さんって、ネーミングセンスいいよねぇ〜、お姉ちゃん?」
「……………そう?」




そして―――今。
「えっへへ〜、ご主人様とお買い物〜♪」
私は、ケンタの新しい服を買う為、二人で街に出掛けていた。
何気なく向こう側を見ると、
「次は、どこ行こっか?」
「ん? 姉貴の好きなとこでいいよ」
「あたしもさんせ〜い」
きょうだいらしき男子一人、女子二人の三人組が歩いていた。
「……………」
「? ご主人様、どうしたの?」
「え? いや、何でもないわ。行きましょ、ケンタ」
「うんっ」




健太―――――。

あなたが死んだ後、私、たくさんの大切な人達に会えたよ。

もしその出会いが、天国にいるあなたのプレゼントだとしたら、

私はあなたに、心を込めてお礼を言いたい。





『ありがとう』って――――――。





後書き
よ、ようやく書き上げました、二作目………
もう、散々です。急にパソコンはハードが壊れて使い物にならなくなるわ、代理のパソコンは
メチャクチャ速度遅いわ………ホント、散々です。
まぁ、でも書き終わらせれたからいっか!(またツッコミどころ満載っぽいですが)

次回作はいつになるか分かりませんが、また書こうと思います。

それでは今日はこの辺で。


そして、最初からこの『後書き』まで読んでくれた皆様に、感謝を込めてこの言葉を送ります。


ありがとう。




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